大将軍八神社

大将軍八神社は、京都市上京区の一条通沿い、「妖怪ストリート」で有名な大将軍商店街の一角にあります。
方位除けの神社として有名なパワースポットです。

「大将軍」というと征夷大将軍を思い浮かべそうですが、実際に将軍になった人物を祀っているわけではありません。
キーワードは陰陽道

大将軍は、陰陽道で祀られる星神で、方位を司る神様の一人です。
大将軍をはじめとする方位の神様は「方位神」とも呼ばれています。

占いやおみくじをすると、旅行や転居、建築など、方位で吉凶が判断されることがありますが、方位神がその吉凶に関わっています。

大将軍は、方位神の中でも非常に強力なパワーの持ち主とされています。
ちょっと怖い一面もありますが、味方についてもらえば百人力なのです^^

大将軍八神社は、今でこそ小さな神社ですが、平安京を守るという重要な役割を担っていた神社で、境内にある方徳殿には、79体もの大将軍神像(重要文化財)や陰陽道関連資料が収められています。

今回は、大将軍八神社の紹介とともに、その元になっている陰陽道や大将軍八神社が置かれた理由、大将軍がどういう神様なのかを書いていきます。

森羅万象を読み解く技術「陰陽道」ってどんなもの?

陰陽師といえば、呪術を使って怨霊を退治するという、平安時代のゴーストバスターズのイメージが強いですよね^^

でも基本的に陰陽道は、森羅万象からその真の意味を読み解き、吉凶を判断するための技術・思想体系のことなのです。
世界を読み解くために、暦・天文・占術などいろいろなものを駆使します。

そのベースとなっているのは、古代中国由来の陰陽五行説という思想。
「陰陽説」と「五行説」という別々の思想が統合して一つになっったものです。

陰陽説

陰陽説は、万物は全て陰と陽の二つのエネルギーで構成されているという考え方。
「男性と女性」、「夏と冬」、「天と地」といった感じで、どちらか一つでは存在できないものとなっていて、世の中のすべてが陰陽に分類できるという説です。

五行説

五行説は、万物は水・木・火・土・金の五元素のうちいずれかの性質を持つという考え方。
五行説によると、世の中のすべてのものは、五元素のうちどれかに当てはまります。
五元素はお互いに影響しあっていて、このような関係図で表します。

五行説

隣同士は相生関係。

  • 木は火を生む
  • 火は土を生む
  • 土は金を生む
  • 金は水を生む
  • 水は木を生む

と、時計回りに順次生み出していく関係です。

それに対して向かい合うのは相克関係。

  • 木は土に勝つ(養分を吸いあげる)
  • 土は水に勝つ(せき止める)
  • 水は火に勝つ(消す)
  • 火は金に勝つ(溶かす)
  • 金は木に勝つ(切り倒す)

と、矢印の方に向かって抑制する関係です。

こちらもバランスで成り立っていますので、どれか一つが欠けることはありません。
陰陽道ではあらゆるものを五元素にあてはめ、その関係性から一つの事象から起こりえる影響を考えます。


陰陽師のイメージをザックリとつかむなら、

「天(天帝)と天子(天皇)の仲介者」

と考えると良いでしょう。

古代中国の「天人相関説」というものがあるのですが、それによると、国家は天の意思に従って運行される、と考えられていました。

そして天体現象は、天(天帝)が地上の支配者(天皇)に下す意思であって、同時に地上の支配者の行為は天体現象として現れるのです。

天と地は陰陽の関係でもありますので、陰陽論でも、天と地が相互に関係していると説明できるわけですね。

天の動きは地上に何らかの動きをもたらします。
なので、天からのメッセージは国家を運営するためにも解読する必要があり、そのためのテクノロジーが陰陽道、というわけです。

天にある星は、神そのもの。

大将軍もそんな星神の一人なんです。

怨霊から平安京を守るセキュリティシステム

大将軍神社は、平安京を守るために建てられた、セキュリティシステムの一つです。
大将軍に守ってもらうなんて、なんとも頼もしいですね^^

平安京ができたのは794年。
大将軍八神社は当初「大将軍堂」といって、都の造営とともに創建されました。

桓武天皇は都を造営するにあたって重要視したのは、怨霊対策です。
その時に頼ったのが、風水と陰陽道なんですね。

平安京に移る前、本来なら平城京から長岡京に移る予定でした。
しかし、長岡宮造営を担当した藤原種継が暗殺され、それをきっかけに天変地異が相次いだのです。

陰陽師の占術で怨霊の祟りと知った天皇は、怨霊からの防衛を意識した都を造るため、わずか十年足らずで平安京に移ることにしました。

霊獣が東西南北を護る四神相応の地

都をどこに移すのか、決める時に使ったのは、風水です。
風水によると、現在の京都の地である山城国葛野は「四神相応の地」とされる土地柄。

四神は、北の「玄武」、南の「朱雀」、東の「青龍」、西の「白虎」という四匹の聖獣です。
この聖獣たちが都を守ってくれるとされているんですね。

※四神相応については平安神宮の記事に書いたので、詳しく知りたい方はそちらも参照してみてください。

都の四方に張り巡らされた呪術装置

四神が護ってくれれば都も安泰♪
と思いたいところですが、桓武天皇の恐れはそれだけではぬぐいきれませんでした。

そこでさらなる防衛線をはることになりました。
外から怨霊や厄災が入ってきそうなポイントに、神社仏閣を置いたのです。

その重要なポイントを決める時に、陰陽道における方位の考え方が使われたわけです。

まず、南の正面入り口である羅城門の左右には「東寺」と「西寺」。
北方の守護には「鞍馬寺」を置きます。

鬼が入ってくる鬼門の方角(北東)には、「比叡山延暦寺」とその末寺となる「赤山禅院」。
裏鬼門の方角(南西)には「石清水八幡宮」を置きます。

さらに大内裏の南側には、疫神や怨霊の徐冷や祈祷を行う空間「神泉苑」を置きました。

その一環で平安京の四方に置かれたのが「大将軍堂」です。

そのうちの一つ、怨霊や魑魅魍魎などの災いが出入りする天門の方角(北西)を守護していたのが、現在の大将軍八神社となります。

大将軍八神社が平安京の北西に置かれたことがわかるものがあります。

立命館大学が作成した、平安京オーバレイマップです。
現在の地図上に、かつての平安京を重ねた地図になっています。

平安京オーバレイマップ

地図を見てわかると思うのですが、平安京の造営当時、その中枢である大内裏は、現在の京都御所よりもちょっと西側にありました。

そして大将軍八神社は、大内裏の北西にあることがわかります。
大将軍八神社は、創建当時から場所は変わっていないのは知られていますので、この地図を見ると、桓武天皇はいかに怨霊を恐れていたのかがわかる気がしますね^^

寒風や疫神、災害が入ってくる天門の方角

陰陽道では北西の方角を「天門」といって、とりわけ重要視されています。
この方角からは寒風や疫神、災害が入ってくるものと考えられていた場所なのです。

当時の病気の中で最も恐れられていたのは疱瘡(ほうそう)(天然痘のこと)。
疱瘡は北西から来ると考えられていたそうです。

これらの害は怨霊が引き起こすものと考えられていたので、天門を守るのも怨霊対策なんですね。

天門に大将軍を置くようにしたのは、平安京造営の手本となった長安がそのようにしていたからです。

大将軍は方位を司る星神のひとつですが、王城を鎮護する防塞神としても信仰されていて、疫病や天変地異を制圧する呪力があると信じられていました。
だからこそ桓武天皇は、難敵がやってくる天門を守ってもらおうと考えたのです。

陰陽道の方位神

大将軍八神社 拝殿

大将軍八神社の拝殿の前には、星のマークの台座になっている八角形の石があります。
そこに漢字が刻まれていますが、これは、風水で使われる「八卦(はっけ)」で、八方の方角を表しています。

陰陽道では方位を重視するのですが、判断基準となっているのが星の動き。
つまり、方位を司る星神「方位神」の動きです。

方位神は、

  • 歳徳神(としとくじん)
  • 金神(こんじん)
  • 八将神(はっしょうじん)

などがいるのですが、吉方の神と凶方の神に分けられ、十干や十二支に従って移動します。

大将軍神社がメインとしているのは、八将神。
大将軍も八将神の一人です。

  • 大将軍(だいしょうぐん):金星(太白星)の精。軍事を司る殺戮の凶神。大将軍のいる方位は万事凶。
  • 太歳神(たいさいじん):木星(歳星)の精。万物生成を司る神。樹木の伐採、家の取り壊しなどは凶。逆に木を植えたり家を建てたりするのは吉。
  • 大陰神(だいおんしん):土星(鎮星)の精で太歳神の皇后。陰事をを司る神。女神なので女性に関すること、出産、縁談などは凶。学問や芸術は吉。
  • 歳刑神(さいぎょうしん):水星(辰星)の精。土地守護と刑罰を司る神。種まきや木を植える、伐採など土地を動かす行為は凶。武道や刃物購入は吉。
  • 歳破神(さいはしん):土星(鎮星)の精。盗賊を司る凶神。旅行引っ越しは凶。
  • 歳殺神(さいさつしん):金星(太白星)の精。殺伐を司る凶神。結婚は大凶。武芸はじめ、旅行、移転、建築は凶。
  • 黄幡神(おうばんしん):羅候星の精。土を司る凶神。土地や金銭に関することは凶。
  • 豹尾神(ひょうびしん):計都星の精。不浄を忌み嫌う神。この方位へ大小便をしたり、ペットや家畜を購入することは凶。

大将軍八神社の本殿には、大将軍神を主祭神として、他の八将神も祀られています。

八将神の中で最も恐れられる大将軍

大将軍

大将軍八神社の裏には方徳殿という宝物庫があるのですが、そこには大将軍の木像が百余体も安置されています。
そのお姿はまるで毘沙門天のような武装の姿をしています。

上の写真は、方徳殿の入り口に置かれた大将軍像。
その見た目や名前の通り、殺戮を司る神様で、気性が荒いのです。
パワーがあるので味方につければ頼もしいのですが、敵に回すと大変怖いんですね><

なので大将軍がいる方向は凶方位で、その方位を犯すと祟りを受けると考えられていたそうです。

「方位を犯す」というのは、どういうことか?
それはこの方角に向かって建築や移転、婚姻、旅行などをするといけないということです。

新築やリフォーム、婚姻の日取りを決めるとき、凶方を避けるために時期を待つことがありますよね。
それを方忌み(かたいみ)といいます。

しかし厄介なことに、大将軍は遊び好きで、あっちこっちに移動します。
大将軍のいるところで派手なことをするのは控えたいのですが、何しろ移動しちゃうので、方忌みしているつもりが、いつの間にか方位を犯してしまう。。なんてことがあります。
ちょっと厄介なんですね^^;

大将軍の移動には2つのパターンがありますので、それを理解すれば大将軍の位置を把握することができます。

大将軍は三年ごとに転勤する

まず1つは、大将軍は三年ごとに方角を大きく移動します。

  • 亥・子・丑の年:西の方角
  • 寅・卯・辰の年:北の方角
  • 巳・午・未の年:東の方角
  • 申・酉・戌の年:南の方角

このようにローテーションしているのです。
三年ごとに転勤していると考えると良いでしょう^^

三年間一定の方角に留まるので、その方角は大凶となします。
なのでその方向は三年塞がりといわれます。

大将軍のいる方角に旅行や転居など、事をなすときは気をつけなければいけません。
そのためには、今年の干支から大将軍の位置を把握すると良いでしょう。

大将軍は転勤先から旅行する

実は、三年塞がりの間にもチャンスはあります。
それが「遊行日」です。

上で説明した大将軍の方角は、あくまで大将軍がお住まいになる基本ポジションの方角。
三年毎のローテーション中であっても、別の方角に遊びに行くことがあるのです。

大将軍は、干支60日ごとに子の日から5日間、出遊します。
それを「遊行」といいます。

  • 「壬子~丙辰」 の5日間(北に遊行)
  • 「甲子~戊辰」の5日間(東に遊行)
  • 「丙子~庚辰」の5日間(南に遊行)
  • 「戌子~壬辰」の5日間(中央に遊行)
  • 「庚子~甲辰」の5日間(西に遊行)

「十干 + 十二支」の組み合わせの「六十干支」で表されますので、ちょっと難しいのですね^^;

遊行は「北⇒東⇒南⇒中央⇒西」の順に繰り返します。

令和2年は西が基本ポジションなので、西の遊行日は飛ばして「北⇒東⇒南⇒中央」の順を繰り返します。
年をまたぐと、その続きからとなります。

行きたい方角がその年の基本ポジションだったとしても、どこかへ遊行している日なら大丈夫です。
逆に言えば遊行先の方角は、その日は大将軍方位となるのでNGとなります。
なかなか油断なりません^^;


この3年の基本ポジション+遊行日が、大将軍の動きとなります。
遊行日があることでややこしくなっていますね^^;

遊行日は日常のカレンダーで把握することはできませんので、最新の方角は「令和○○年 大将軍 遊行日」などで検索してみてください。

凶方を克服する「方違え」

どうしても大将軍方位に行かなければならなくなったとき、どうすればよいでしょうか?
陰陽道ではその方法も用意されています。

それが方違え(かたたがえ)です。
「ほうちがえ」ともいいます。
大将軍に限らず、他の方位神にも有効です。

これをすれば、方忌みをしなくてもよいんですね^^

その方法というのは、一旦、方忌みの方角(目的地)とは違う方角へ行き、そこに滞在します。
そしてそこから目的地へ向かうわけです。

例えば、西へ行きたいならいったん南へ行き、そこから北西へ行くことで、方角をずらすわけですね。

方違えは陰陽道だけでなく、今日でも方位術の世界で使われていますよ^^

境内には歳徳神と大金神も祀られている

大将軍八神社 方位神

本殿の横には、「歳徳神(としとくじん)」、「大金神(だいこんじん)」も祀られています。

歳徳神は吉方位の神。
歳徳神のいる方角は万事大吉となります。

歳徳神は年神ともいいます。
お正月に家にお迎えする、あの年神様ですね。

また、節分の恵方巻でお馴染みの方角は、歳徳神の方角です。
「今年の恵方は西南西!」といったように、毎年恵方の方角が変わりますよね。
方位神は毎年移動しますから、恵方の方角も毎年変わるわけです。

ぜひお参りしたい神様ですね^^

一方で金神は、金の精が寄り固まった凶方位の神です。

金神の「金」は五行の金。
金は刃物を連想させるので、その神である金神は殺戮を好む神として恐れられています。

何も知らないと「お金持ちになりますように」なんてお願い事をしそうですよね^^;
(商売繁盛を願う方は、本殿後ろにある「大杉大神」をお参りしましょう。)

金神がいる方角は悪い方角となり、とりわけ建築・移転・結婚・旅行などは忌み嫌われています。
近寄りがたい神様ですが、お参りしておけば、誤って方位を犯したときには目をつぶってくれるかもしれません^^;

方位が気になる時は方除けを

大将軍八神社 護符

今まで見てきたように、方位神には吉方位の神よりも、凶方位の神が多いんです。

ただ、今年は方位が悪いからと気にしてばかりいると、気持ちも後ろ向きになってしまいますよね^^;
だからこそそんな時にやりたいのが方除けです。

大将軍八神社でお参りすることは、方除けに繋がります。
家の増改築、転居、水回り、造園の工事、旅行、結婚などの予定がある方は、お参りしておくとよいでしょう。

それでもまだ気になるのなら、お守りを買ったり、祈祷を受けてみたりするのも良いかもしれません。

大将軍は凶方最強の神ですが、敬意を払ってお参りすれば、方位にまつわる全ての厄災を解除し、八方開運のご神徳を授けてくれます。
味方になればこれほど頼もしい存在はいません^^

御朱印

大将軍八神社の御朱印です。

大将軍八神社 御朱印


本殿の後ろにある方徳殿には、大将軍の神像が百余体、立体星曼荼羅様に安置されています。
一部屋に360度ずらりと並ぶ大将軍は圧巻です。

その中の79体は重要文化財指定。
大将軍信仰が盛んだった平安末期から鎌倉時代の作とされています。

大将軍はその霊験あらたかさから、時代が降るにつれて民間信仰にも普及しました。
庶民たちは、天地四方に祈り、次いで大将軍に、その後に氏神に祈ったのだそうです。
つまり、祖先神より高い位置にいて、篤く崇敬されていた神様だったんですね。

方徳殿には、そんな大将軍の神像をはじめ、陰陽道の安倍家に関わる古天文暦道関係資料や御神宝類を拝観することができます。
方徳殿の通常公開日は5月1日~5日、11月1日~5日となっています。

期間以外は予約で拝観することもできます。