「熊野 神と仏」書評

熊野 神と仏

近々、熊野三山を訪れる予定なのですが、熊野の信仰について、私はほとんど知りません。
ということで、行く前に熊野のことを知ろうと思って読んだのがこの本。
図書館で借りました^^

宗教人類学者の植島啓司さん、熊野本宮大社宮司の九鬼家隆さん、吉野・金峯山寺執行長の田中利典さんの3人が対談形式で「紀伊山地の霊場と参詣道」について語り合っている本です。
顔ぶれがすごいですね^^

紀伊山地というのは熊野三山をはじめ、高野山、吉野も含みます。
注目したいのは、神道、仏教、修験道という、違う宗教の聖地が熊野古道で繋がっているわけです。
伊勢神宮にも行けますしね^^

紀伊山地はこのような神仏習合という、日本独特の宗教観が作り上げた神仏習合の聖地といったところです。

このような場所がどういう場所なのか、ということをこの本では色々と話されているのですが、中でも興味深かったのは、熊野本宮大社の旧社地、大斎原(おおゆのはら)の話。

大斎原は、熊野本宮から10分程歩いた場所にあって、川の中洲になっています。
今では本宮から歩いて行けますが、江戸時代の絵図によると、熊野川、音無川、岩田川がこの島を囲んでいたそうです。
それが「子宮」の形をしていて、その絵の中には必ず産田社(祭神はイザナミ)が描かれています。

熊野本宮の御利益は「よみがえり=再生」ということですが、この地形も関係しているわけですね^^

そして、橋は用意されておらず、お参りするにはどんな人でも川に浸かって渡らなければならなかったのです。
つまりこれは、(みそぎ)なんです。

川で身を清めることで穢れを落とし、今までの嫌な思いや悩みなど、過去を断ち切って大斎原に入るのです。
入った時点でリセットされているわけですね^^

千年以上もこの形で信仰されていたのですが、明治の頃の森林伐採もあって、社殿のほとんどが洪水で流されてしまいました。
それで現在の場所に移っているんです。

現在、大斎原には大きな鳥居はありますが、行ってみると祠があるのですが、特にこれといったものは何もない場所になっています。
「何もなかった・・・」とがっかりされる方も多いようですが、それでもこの場所に意味があるので、聖地には違いありません。

なので、大斎原に行ってやることは、社殿を見学するというよりも、「場の力」を感じるということ。
場の力が圧倒的に違うのだそうです。

本宮大社に行ったら、大斎原によるのを忘れないようにしないといけませんね^^

この本は対談形式なので、一見難しそうなタイトルなわりに読みやすい本です。
紀伊山地で歴史を重ねた熊野信仰や修験道の概観がわかりやすいです。
また、「玉置神社が『熊野三山の奥の院』と喧伝していることに違和感がある」と、熊野本宮大社の九鬼宮司の爆弾発言なんかもあったりしますよ^^

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