安井金毘羅宮

「〇〇と縁を切りたい」

という願いを叶えてくれる縁切り神社。

縁切りをご利益とする神社仏閣は全国にありますが、その中でも有名なのが京都の安井金比羅宮です。
ここは、縁切り神社の中では最強のスポットだと、遠くは北海道や沖縄から訪れてくる人もいるほど。

主祭神は、「日本三大怨霊」の一霊に挙げられている崇徳天皇。
それだけ聞くと、何とも恐ろしげですよね。

でも怖がることはありません。
鳥居の写真にもあるように、安井金比羅宮は、悪縁を切り、良縁を結ぶ祈願所なのです。

むしろ、良縁を結ぶためにも、まずは悪縁から切った方がよいということで、本気で良縁を結びたい人にも人気の神社です。

安井金比羅宮は、悪縁を切り良縁を結ぶ神社

「縁切り」というと、なんだか近寄りがたい、怖いイメージがありませんか?
ザックリとイメージをすると、負のオーラが漂っているように感じるかもしれません。

カップルで訪れたら別れちゃうんじゃないか・・・・

と心配してしまう方もいるかもしれませんね。

でもご安心ください。
安井金毘羅宮の公式サイトによると、

良縁に結ばれたご夫婦やカップルがお参りされても縁が切れることはありません。
更にお二人がより深くより強く結ばれる御利益をいただけますのでご安心を。

とのこと。

ここでいう「縁切り」は、良縁も悪縁も関係なく断ち切るわけではありません。
まずは、悪い関係を作っている悪縁を断ち切ってしまおうということです。

そうすることで、既に結ばれている良縁はさらに強い縁になります。
不純物を取り除くイメージですね。

でももしそれが、悪い縁で結ばれていたとしたら・・・
その縁自体が不純物そのものだったということになりますので、別れてしまうかもしれませんね^^;

その場合は、大事に至る前に別れることができて良かった、と考えましょう^^

「縁」は人の縁だけではありません

また、「縁」というのは、カップルや夫婦の縁など、男女の縁だけではありません。
仕事関係の縁、友人関係の縁、親子や兄弟、親戚の縁もあります。

さらに、物や事柄に対しても縁があることに注目。

タバコやお酒、ギャンブルに依存してしまうのなら、タバコやお酒、ギャンブルと何らかの縁があるわけです。
「浪費癖」・「物を片付けない癖」といった自分の悪癖、病気、災難、といったことにも縁があるのです。

なので、

ギャンブルをやめたい

といった願いも悪縁切りのお願いになります。

悪縁があると、それが邪魔をして良縁が結ばれないこともあります。
なので悪縁を切ることは、心の断捨離をするようなものですね^^

自分を変えたい、成長したい、と願う人にもご利益があります。
自分を変えることは、自分の悪い部分、現状の自分との縁を切る、ということです。

自分の悪い癖なら、誰もが何かしら持っていると思います。
最近増えてきたスマホ依存や、買い物依存などもありますし、自分では気づいていない悪癖もあるはずです。

悪い習慣を見直して、新しい自分に生まれ変わりたい。
そんな時は、安井金比羅宮で悪縁切りをして、悪い習慣を手放すことから始めるのも良いですね。

安井金比羅宮名物「縁切り縁結び碑」

安井金毘羅宮 縁切り縁結び碑

安井金比羅宮で有名なのが、上の写真の縁切り縁結び碑
悪縁を切り、良縁を結ぶという(いし)です。

「碑」というように、本当は中に碑があるはずなのですが、周りにはお札がびっしり貼られていて、その姿は見えません。
お札は、参拝者が願いを込めた「形代かたしろ」という身代わりのお札。

ここには、いつ行ってもたくさんの人が並んでいます。
男性もいますが、比較的女性が多い印象です。

そして真ん中に人が1人分入れるほどの穴が空いています。

縁切り、縁結びを祈願しに来た参拝者は、この穴をくぐるわけです。

参拝の方法もありますので、紹介します。

1.まずは本殿に参拝

安井金比羅宮 拝殿

まずは神社参拝の基本。
神社を訪れたら、手水で清めてから最初に本殿を参拝します。

先に一番偉い人に挨拶をするということですね^^

2.形代に願い事を書く

縁切り縁結び碑のそばに、賽銭箱と形代が置かれています。
その形代に自分の願い事を書きます。
お賽銭は100円以上(値段はお志で)とのこと。

書いたらそのまま形代を持って、縁切り縁結び碑の前に立ちます。

3.表から裏へくぐる(悪縁切り)

自分の形代を持ったまま、表から裏へ、念じながらくぐります。

縁切り縁結び碑

これで悪縁が切れます。

4.裏から表へくぐる(良縁結び)

引き続き、裏から表へ向かってくぐります。

縁切り縁結び碑

これで良縁が結ばれます。

5.形代を縁切り縁結び碑に貼り付ける

くぐり終わったら、形代を碑に貼ります。
これで祈願は終わりです。

お礼参りも忘れずに

安井金毘羅宮 お礼参り用の絵馬

祈願したらそれで終わりではありません。
願いが叶った後、きちんとお礼参りをすることを忘れずに。

安井金比羅宮には「お礼参り用の絵馬」を奉納する風習があるようです。
上の写真は江戸時代の絵馬。

今はそれに倣った現代版があります。

安井金毘羅宮 お礼参り

絵のモチーフは江戸時代と一緒ですが、今風にかわいらしくなっていますね^^

雲に乗っている御幣は安井金比羅宮の神様を表します。
そこから光(神様の力)が出ていますが、それが願いを叶えている様子なのだとか。

本殿を参拝した後、この絵馬にお礼を書いて、本殿横の絵馬掛けに掛けます。
これでお礼参りはOKです。

安井金毘羅宮でやってはいけないこと

安井金毘羅宮でやってはいけないことは、ずばり、

「相手の不幸を願うこと」

です。

安井金毘羅宮は縁切りで有名ということもあって、本殿横に掛けられている絵馬には嫌な相手の不幸を願う内容が書かれているのも珍しくありません。

「夫の不倫相手が不幸になりますように」

みたいな願いも普通にあるので、それを見るとゾッとしてしまいますね^^;

相手の行動があなたの悩みに繋がっていると思うので、恨んだり仕返しをしたくなる気持ちはよくわかります。

でも、相手の不幸を願うことを書くのはやめておいた方が良いようです。
なぜなら、不幸を願う心が、次の悪縁を引きつけてしまうからです。

相手が不幸にならなくても、悪縁は切れますからね。

縁切りをする目的は、その先にある「幸せ」だと思います。
ここで悪縁を引きつけてしまっては意味がありません。
むしろ今よりも不幸になってしまう可能性もあります。

なので幸せを願う目的を、仕返しをすることにすり替えないように気をつけましょう。

縁結びだけしたい人はどうしたらいい?

「何かの縁を切りたいわけではなくて、単純に縁結びだけがしたい」

という方もいると思います。

そうなると、縁切り縁結び碑のくぐり方は、裏から表へくぐる(良縁)だけでいいのかどうか、迷いますよね。

結論から言うと、正式な手順通りに参拝した方が良いそうです。
つまり、表から裏へくぐって悪縁切りもした方が良いということですね。

なぜなら、人が持てる縁の数には限りがあるからです。

持てる縁の数が限界まできている場合、一つの縁を切ることで一枠空けることができ、新しい縁を結ぶことができるというシステムです。

どのくらいの縁が持てるのかは、人によって違っていて、生まれ持って決まるそうです。
たくさんの縁に恵まれる人もいれば、残念ながら少ない縁でやりくりしなければならない人もいます。

例えば、たくさんの友達に恵まれている人もいれば、なかなか作れない人もいますよね。

縁切りをしてから縁結びをした方が良い理由は、大抵の場合が、縁の枠がいっぱいになっていて新しい縁が結べないからなんです。

切りたい縁は特にないから困るんだけど・・・

と思っている人は、よく考えてみてください。

今あなたが結ばれたいと願っている縁があった場合、今までそれが実現しなかったから願うのだと思います。
今まで縁を結べなかったのには、何か原因があるのでしょう。

その原因は「人」とは限りません。
上で「物や事柄に対しても縁がある」と説明しましたが、悪い習慣になっているものも「縁」と考えます。

例えば、良い恋愛相手に出会いたい、という人がいたとします。
その人が今まで相手に恵まれなかったのは、行動色々な理由があるかもしれませんが、今までの自分を振り返ると、行動する勇気がなくていつも受け身になっていたことに気づくかもしれません。

そんな時は「行動できない悪癖を持った自分と縁を切ろう」と悪縁切りをすると良いですよね。

このように、縁結びだけをしたいと思っている人は、安井金毘羅宮を決意表明の場として使うのも有効だと思います。
いつも悪癖、悪い習慣が邪魔をしていると感じる場合、何かのジンクスで悪い結果になると思っている場合、それらをここで切ることで、新しい縁を手に入れることができますよ♪

そもそも安井金比羅宮はなぜ縁切り&縁結びの神社なの?

安井金比羅宮のある場所は、元々「藤」や「山吹」の名勝地でした。
そこに藤原鎌足が藤原家の繁栄のために「藤寺」というお寺を建てたのが神社の始まりになっています。
つまり最初はお寺だったんですね^^

神社になったのは、明治の神仏判然令があって、お寺を神社にしたんです。

この場所が縁切り・縁結びの神社となったのは、神社の主祭神である「崇徳天皇」の生前の行いが関係しています。
崇徳天皇は平安後期、平家の力が増してきた頃の天皇(第75代)です。

崇徳天皇はここの藤が好きで、寵愛していた侍女の阿波内侍(あわのないじ) をここに住まわすほどでした。
そんな崇徳天皇ですが、生まれの系統の問題で、人生のほとんどを不遇な境遇に置かれた人生を歩むんですね。

名目上、崇徳天皇の父親は鳥羽天皇(第74代)、母親は待賢門院となっています。
しかし鳥羽天皇は、祖父である白河法皇(第72代)と妻の待賢門院が密通してできた子と認識していて、崇徳天皇のことを嫌っていたようです。

そのことから崇徳天皇は、天皇になっても実質的な権限を持たされず、上皇となった鳥羽上皇に利用されたり、挙句の果てに天皇の座から下ろされます。
上皇となったその後も何の権限も持たされず、ただそこにいるだけのような状態。

そんな状況に嫌気がさして、藤原頼長と共謀して「保元の乱」を起こしますが、それも平清盛らに抑えられて失敗に終わり、今の香川県、讃岐に流され軟禁されてしまいます。

しかしその後、讃岐の地で崇徳上皇は、讃岐の金刀比羅宮でおこもりされ、一切の欲を断ち切ることに成功しました。

クーデターを起こしたことを反省して、朝廷にお経の写本を送り、保元の乱の戦死者の供養をして欲しいと頼んだのですが、「呪詛が込められているのではないか?」と思った朝廷側はそれを突き返してしまいます。

それに怒った崇徳上皇は舌を噛み切って、悪魔となることを誓い、亡くなっていったのです。

その後、都では火事、疫病、大地震、そして朝廷に近しい人々の相次ぐ死がおこり、その怨念のせいだと考えて、丁重に祀るようになったのです。

崇徳天皇にはそのような不幸なエピソードがあるのですが、安井金比羅宮の悪縁切りのご神徳は、天皇が金毘羅宮で欲を絶ち切ったということから由来しています。


崇徳天皇は「日本三大怨霊」の一霊に挙げられていますし、上のエピソードを聞くと、ちょっと近寄りがたい存在に思えるかもしれません^^;

でも、きちんとお祀りして、丁重な扱いさえしていれば、そんな怖いことはありません。
むしろ、崇徳天皇の霊が守ってくれたという話もあるんです。

神様に対して失礼にならないよう、感謝の気持ちを込めて、参拝の手順を守っていれば大丈夫です。

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