笠置山の戦い

笠置山は京都府の南部、奈良市に隣接する笠置町にある、標高288mの小さな山。
その笠置山の中腹にあるのが笠置寺(かさぎでら)です。
高さ15mの巨岩に彫られた弥勒摩崖仏を本尊としています。

笠置山といえば、元弘の乱(鎌倉幕府打倒を試みる後醍醐天皇が、籠城して戦った場所)のイメージがあります。
後醍醐天皇は倒幕を目指して密かに計画を練っていたのですが、それが幕府にバレてしまい、ここに逃げ込んで挙兵したのです。

笠置山は天然の要塞といわれていて、元弘元年(1331)、ここで後醍醐天皇軍が幕府軍と戦う「元弘の乱」が勃発します。
わずか2千5百の天皇軍がこの地形を利用して、7万5千の兵であった幕府軍に大健闘したんですね。

残念ながら後醍醐天皇はここでは負けてしまい、隠岐島に流されてしまいました。

このような歴史ロマンあふれる場所ですので、いつか行こうと思っていたのですが、ついに行くことができました^^

笠置寺ってどんなお寺?

笠置山の特徴は、山内に巨岩・奇岩がゴロゴロあること。
そんな場所なので、2千年も前から巨岩信仰の対象となっていました。

古代の日本では、巨大な岩や滝、巨木など、人智を圧倒するようなものには神が宿っていると考えられていていたんですね。
なので古くから修験道の修行場としても栄えていました。

1300年前の奈良時代頃になると、建物が建ちはじめます。
東大寺を開いた良弁僧正らによって大岩石に弥勒菩薩が彫られ、仏教寺院「笠置寺」となったのです。

平安時代に末法思想が流行すると、笠置寺の弥勒菩薩にも注目があつまり、笠置詣でが流行します。

鎌倉時代に入ると、解脱上人という興福寺の高僧が、南都仏教のやり方に疑問を感じて笠置寺に隠棲します。
そしてここで宗教改革運動を展開するのです。
その頃に笠置寺は全盛を極め、山内に49ヶ寺も小院が建つほどでした。

鎌倉後期となる元弘元年(1332)、笠置寺は、倒幕計画が幕府側に察知されて御所から抜け出した後醍醐天皇を迎え入れたことで、笠置山全体が1か月間もの壮絶な戦場となり、ついには全山灰燼に帰してしまいます。

その後、少々の復興はしましたが、江戸中期には荒廃、明治元年には無住のお寺にまでなってしまいました。
しかし明治9年に再び復興し、現在に至っています。

笠置寺までのアクセス

笠置寺は笠置山の中腹にあって、山上まで境内が広がります。

車でお寺の近くまで登ることもできますが、麓からお寺の入り口まではハイキングコースになっていますので、歩いて登ることもできます。

山上駐車場を利用する場合

車で行く場合は、京都、大阪、名古屋方面からは国道163号線経由で、奈良方面からは国道369号線経由で行くことができます。

お寺の入り口近くに山上駐車場(有料)があって、料金は、

  • 乗用車:500円
  • マイクロバス:1,000円

となっています。

麓から歩いて登る場合

笠置寺の最寄り駅は、JR関西本線 笠置駅。
東は名古屋駅から、西は大阪駅、天王寺駅、奈良駅などから1本で行くことができます。

駅からは徒歩45分。
ハイキングコースとなっている「史の道」を登り、その途中に笠置寺の入り口があります。

笠置寺境内MAP
※クリックすると大きくなります。

上の写真の左上にある緑の門が麓から山へ登る出発地点です。
駅から出発地点までは徒歩5分ほどです。

緑の門からお寺の入り口までは徒歩約40分。
境内は山をぐるっと一周できるようになっていて、所要時間は1周30~40分ほどです。

それほどきつい山ではないのですが、靴はスニーカーくらいは履いておいた方が良いです。
体力が心配な方は、山上駐車場を利用した方が良いかもしれません。

また、山の上には売店がありませんので、飲み物などは事前に買っておいた方が良いでしょう。

車で来て麓から山を登りたい場合は、笠木駅のすぐ近くにある「笠置いこいの館」に停めていくと便利です。
笠置いこいの館の駐車場は無料。
帰りに温泉も入れます。

笠置いこいの館の公式サイトにはクーポンもありますので、それをスマホで見せれば100円引きになりますよ。

麓から笠置寺まで1.8kmのハイキングコース

今回私は、笠置いこいの館に車を停め、山を登りました。
ルートはこのようになっています。

笠置いこいの館から5分ほど、郵便局を曲がって南へまっすぐ行くと緑の門が見えてきます。
そこが笠置山への登山口です。

笠置山 登山口

車道をそのまままっすぐ登って行くこともできますが、登山口からすぐのところに登山道があります。

笠置山 東海自然歩道

ここの道は車道よりは急ですが近道です。

途中までは階段やスロープがあります。
といっても、階段も斜面になっていて、ほぼ坂道です^^;
この最初の坂道がちょっとだけキツイです。

笠置山 東海自然歩道

階段も序盤と終盤だけで、途中は山道。

笠置山 東海自然道

笠置山 東海自然道

小さい祠ですが、道中に庚申さんがいらっしゃいます。

笠置山 庚申大明神

この庚申さんは、青面金剛という仏様で、あらゆる病を覗いてくれる役割があるのですが、ここではさらに道中の安全を見守ってくれているようです。
昔の人もここから登って参拝していたのでしょうね。

ここからもう少しだけ登ると車道と合流。
ここまできたらあとひと踏ん張り。

笠置山

左の階段を2~3分ほど登ったらお寺の山門に到着です。

笠置山 門

ここまでで約45分かかりました。
ここからさらに境内を歩き回ります。

まるで石のアスレチック!グルっと一周できる笠置寺の境内

先ほども述べた通り、笠置寺は山内をぐるっと一周できるようになっています。
下は境内マップ。
参拝順路は反時計回りです。

笠置寺 境内マップ

笠置山の特徴は、山内に巨岩・奇岩がゴロゴロあること。
巨岩のトンネルをくぐったり、斜めになった石と石の境目を歩いたり、まるで石のアスレチックのようです。

でも、麓から登る場合と比べてそんなにきつくありません。
休めるポイントもありますので、安心ですよ^^

境内に入ると早速巨岩が。

笠置寺 巨岩

笠置寺 巨岩

上を見上げても巨岩。

笠置寺 巨岩

ご本尊も巨岩に彫られています。

笠置寺 巨岩

岩のトンネルもくぐります。
「胎内くぐり」と書かれているのですが、普通の胎内くぐりは見えないようくらい廊下を、手すりを持ちながら進んでいきます。
ここは出口がすぐ見えるくらいの距離です。

途中まではすぐいけそうなのですが、途中で体勢がちょっと斜めになります^^

笠置寺 胎内くぐり

叩くと音がするという太鼓石。
真ん中の、他の石に寄りかかっている石が太鼓石です。

笠置寺 太鼓石

説明がなかったので、何が太鼓石なのかわかりにくかったのですが、岩の一部にたたくとポンポンと音がするところがあります。
中が空洞になっているのかもしれません。

後醍醐天皇が奇襲を受けた場所にあるのがゆるぎ石。

笠置寺 ゆるぎ石

この石は、奇襲に備えるために武器としてここに運んだが使われなかったのだとか。

ゆるぎ石の向こうは崖で、その下は先ほど通ってきた道があります。
立看板には、重心が中央にあって人の力で動くと書かれていますが、私一人が思いっきり押してもびくともしませんでした。

てこの原理でも使うつもりだったのかもしれませんが、これだけ重かったら、奇襲に間に合わなかったのかもしれませんね^^;

江戸時代に月見の場所となっていたという平等石。

笠置寺 平等石

このあたりからの眺めは、確かに最高です。

笠置寺 平等石 眺め

北東方面を臨む木津川の流れです。
山の奥行きも感じられますし、途中でミニチュアのような電車も走っているところが見えます。

でも、石の上まで登るのは怖いですね^^;
写真ではゆるやかな斜面に見えますが、岩の上から眺めると下の写真のような感じで、滑ってしまったら捕まるところもありません。

岩って結構滑るんですよ^^;

笠置寺 平等石

そして平等岩から先に行くには、こんな隙間を通る必要があります。
「蟻の戸わたり」と呼ばれています。

笠置寺 平等石

リュックを背負っていたらまず通れない隙間。
外して手で持ちながら、体勢も斜めにしながら進みます。
まさに蟻のように一列にならないと前に進めない場所ですね。

蟻の戸わたりを過ぎると、二の丸跡があります。
今は二の丸は存在せず、代わりに休憩小屋がありました。

笠置寺 二の丸跡

事前に買ってきたサンドイッチをここで頂きました。
ちょうど疲れたころに屋根付きのベンチはありがたいですね^^

最後に、貝吹岩。

笠置寺 貝吹岩

いかにも登ってくれと言わんばかりの岩ですね^^
元弘の乱の際には、天皇軍が指揮を高めるためにこの上で法螺貝を吹いていたのだそうです。

また、修験道の修行をしていた山伏たちも、この上で法螺貝を吹いていたことから、貝吹岩と呼ばれているのです。
この岩は滑ってもなんとかなりそうなので、登ってみました^^

といっても、斜面を正面から見るとこの角度。

笠置寺 貝吹岩

勢いで簡単に登れそうな岩ではありません。
ロッククライミングのようにうまくつかめるところに捕まらなければ、滑ってしまいます。

頑張りながらなんとか登って見えた景色がこちら。

笠置岩 貝吹岩 景色

こちらは北西方面の景色。
木津川の下流と、駅の近くにあるオートキャンプ場の桜が見えます。

ちなみに、笠置山には桜がありません。
国指定の「ウソ」という保護鳥が生息していて、桜の芽を食べてしまうのだとか。
こんな説明書きが貼られていました。

笠置山 ウソ鳥

いくつ食べられているか計算しているところを見ると、ものすごく悔しそうですね^^;
でも、保護鳥だから仕方がありません。
住職さんが謝っていますが、お寺のせいではないですね^^;

私は今回、桜の開花情報を見て、笠置山自然公園が満開になっているというから来てみたのですが、山内で桜を見かけることはありませんでした。

麓にある笠置駅の近くの川沿いにオートキャンプ場があるのですが、そこが一番の桜スポットなのかもしれません。

笠置山自然公園 桜

後醍醐天皇が拠点を構えた行在所

後醍醐天皇行在所

倒幕計画がバレてしまった後醍醐天皇は、三種の神器を携えてひそかに御所を脱出し、笠置山に到着します。
そして、笠置寺が迎え入れた場所が、笠置山の山頂にある行在所(あんざいしょ)です。

参拝順路と反対周りにちょっとだけ進むとあります。
わりとお寺の入り口に近いんですね。

階段もそれほど長くないので、あまり頂上感はありません。
どちらかというと、ぐるっと回って遠かった、平等石や二の丸あたりが一番高いのでは?と思ったのですが、どうやらここが頂上らしいです。

登ってみると、現在は跡地になっていて、何も残っていません。

後醍醐天皇行在所

跡地はそれほど広くなく、これといって見どころがないのですが、この場所は「太平記」において、後醍醐天皇が楠木正成(くすのきまさしげ)を頼るきっかけとなる夢を見た場所とされています。

楠木正成といえば、劣勢にあった天皇軍に突如加勢することになるスーパーヒーロー。
物語では名シーンですので、ロマンあふれる場所なんですよね^^

その夢の中では庭が広がっていて、宴会が行われていたそうです。
後醍醐天皇が自分の席を探していると童子が現れ、「御座はあちらです」と、南向きに枝が伸びた立派な大樹の下にあった御座に案内したといいます。

後醍醐天皇はそこで目を覚ましました。

天皇はこの夢をお告げであると考えて謎解きをし、「南向きの木」の意味に着目します。
すると木へんに南と書いて「楠」という字になることに気づき、「楠」という名のものを頼りにせよ、という意味に違いないと考えたのです。

こうして楠木正成は笠置山に呼ばれ、加勢することになったわけです。

高さ15m!笠置寺の信仰を支える巨大摩崖仏

笠置寺 弥勒摩崖仏

普通のお寺では、本堂の真ん中にご本尊となる仏像が置かれていますが、笠置寺の本尊は、高さ15メートルもある岩に彫られた弥勒菩薩です。
こういう、岩や崖などに彫られた仏は摩崖仏(まがいぶつ)と呼ばれています。

笠置寺 弥勒摩崖仏

実際に下から見上げるとその巨大さに圧倒されてしまいます。
巨大な岩だけでも神秘さを感じますが、仏の姿に彫ることで信仰対象が明確化されていたんですね。

残念ながら現在は、岩肌に刻まれた仏の姿は消えていて、光背の輪郭だけが残っている形です。
戦乱ですぐそばにある正月堂が焼けた時に、表面が剥落してしまったのです。

花崗岩は耐火性に弱く、表面がぼろぼろになったり、割れてしまったりするんですね。

でも、笠置寺の摩崖仏はご本尊だけではありません。
現在もきれいに残っているものもあります。

それが、伝・虚空蔵摩崖仏です。

笠置寺 虚空蔵摩崖仏

こちらはご本尊よりは小さいとはいえ、9メートル級の大きさ。
すぐ前が崖になっていますので、正面から全体をとらえることはできません。

笠置寺 虚空蔵摩崖仏

この周りには建物がないので、兵火から免れることができたんですね。

ご本尊の弥勒摩崖仏もこんな感じで彫刻されていたわけで、現在はデジタル復元した写真が正月堂に飾られています。
それでどんなお姿だったのかは伺い知ることはできますが、やっぱり15mもの大きさのものが見たいですね^^

その圧倒される大きさも、信仰心をかきたてるのに大事な要素だったのではないかと思います。

東大寺のお水取りの起源となった正月堂

笠置寺 正月堂

本尊の弥勒摩崖仏の前には、礼拝するためのお堂「正月堂」があります。
「正月堂」という名前、普通のお寺にはない名前ですよね。

東大寺には二月堂、三月堂、四月堂というお堂がありますが、一月堂はありません。
その一月堂にあたるのが、笠置寺の正月堂なのです。

東大寺の〇月堂は、そのお堂で行われる行事の月で名前が付けられています。

二月堂は修二会(しゅにえ)、通称「お水取り」を行う場所で、旧暦2月に行う習わしになっています。
二月堂の名称はここから来ているんですね。

三月堂は正式には「法華堂」といい、毎年三月に法華会が行われていた場所。
四月堂は正式には「三昧堂」といい、毎年四月に法華三昧会が行われていた場所でした。

そして笠置寺の正月堂は、二月堂で行われている「お水取り」が最初に行われた場所なんです。

天平勝宝四年(752)に建立された正月堂で行われました。
行ったのは、東大寺を開山した良弁の高弟「実忠」です。

そして同年の2月、東大寺で二月堂が建立され、この行法が二月堂で行われるようになりました。
お水取りはこの時以来、連綿と続いている伝統行事なのです。

虚空蔵摩崖仏の近くには、お水取りの行法を感得した場所もあります。
それが千手窟と呼ばれる場所。

笠置寺 千手窟

実忠がここで行っていたのは、雨乞いの儀式です。

実忠は師匠の良弁とともに東大寺造営のための木材を調達する仕事をしていて、木津川を使って材料を流して運んでいました。
しかしある日、木津川の水の量が足りなくなって流せなくなってしまったのです。

そこで行ったのが雨乞いの儀式。
すると滝穴から水を司る龍神が現れ、雨を降らせてくれました。

そのおかげで再び用材を運ぶことができ、無事東大寺を造営することができたのです。

この雨乞いの儀式が、お水取りの起源となっています。

笠置寺の御朱印

笠置寺の御朱印です。

笠置寺 御朱印

拝観前に御朱印帳を預けるシステムです。
参拝している間に住職さんが書いておいてくれます。


笠置寺は場所がらのせいか、人が少なく、なかなかの穴場でした。
岩がゴツゴツしている中にも豊かな自然にあふれていて、気持ちの良い空間です。
境内にはもみじ苑がありましたので、もしかしたら秋の方が賑わうのかもしれませんね。