阿修羅の特徴

阿修羅
仏像フィギュアの【イSム(いすむ)】より

顔が三面で腕が6本の阿修羅。
特に有名なのは、興福寺の阿修羅像です。
美顔なのでファンが多いですね^^

興福寺の阿修羅は、仏法を守護する八部衆の一人として紹介されています。
いわゆるお釈迦さんのガードマンみたいなものです^^

見た目も魅力的ですが、面白いエピソードもあります。

帝釈天とも戦った戦闘の神

元々阿修羅は古代インドの天部の神で、正義の神とされていました。
ところが時代が下がり、天部の中でも最高位につく力の神、インドラ(帝釈天)と戦ったことで悪神扱いになっているんですね。

帝釈天と戦った理由は、「舎脂」という阿修羅の娘を帝釈天が力づくで奪ったからです。
きっかけは力づくでしたが、その後舎脂は、帝釈天と暮らしているうちに帝釈天のことが好きになり、正式に夫人となります。

しかし、力づくで奪ったことに怒った阿修羅は戦いの神となり、帝釈天に何度も何度も戦いを挑みますが、力の神である帝釈天にかなうはずもなく、負け続けます。
娘が正式に夫人となっても、「力づくで奪った」ということに納得できないのです。
(このことから、何度も絶え間なく争いが起こる「修羅場」という言葉が生まれました)

そしてついには須弥山から落とされ、海の底に沈められたのです。
この場所が、仏教の六道の一つで、争いの絶えない世界とされる修羅界です。
ここから阿修羅は、修羅の世界の主として位置づけられます。

阿修羅と帝釈天の戦いの話はここまでですが、ここに仏教の教えがあります。

確かに阿修羅は、自分の正義を貫いて戦いを挑んだのですが、そこに固執し過ぎて、何が正義なのかを見失っています。
絶対的な正義というものはなく、状況は刻々と変わりますから、過去や一つの事にとらわれずぎて、今何を選択するのかを見失ってはいけない、というようなことを戒めているんです。

お釈迦さんの説法で改心

インドの神話では、阿修羅のような悪霊鬼神がたくさんいます。
阿修羅が属する八部衆もその一部で、その中でも最も争いの好きな暴れものが阿修羅です。

悪神たちにとっては、お釈迦さんが悟りを開き、仏陀になられ、平和な社会を作られては困るので、お釈迦さんの邪魔をしようとします。

しかしお釈迦さんは、厳しい修行で悪神たちの邪魔を降魔して悟りを得てしまいました。
こうなると、お釈迦さんが大衆に説法をするのを邪魔するしかありません。

そこで阿修羅は、お釈迦さんが説法をしているところに紛れ込み、話の一番良いところで騒ぎたてて邪魔をしようと考えたのです。

ところが、阿修羅はいつのまにか、お釈迦さんの説法に聞き入ってしまいます。

他の悪神たちは予定通りに邪魔をしようとしたのですが、阿修羅が、

「うるさい!出て行け!」

と追い払い、引き続き説法に聞き入りました。
その時の顔は、闘争心などなく、童子のようなあどけない顔になっていたのです。
そのように仏法を聞く喜びに浸る顔が、興福寺の阿修羅像に見られる顔でしょうね^^

その後阿修羅はお釈迦さんについていくことになり、十大弟子や羅漢たちよりも後ろ側で悪神たちから防衛するようになりました。

阿修羅像から見る、阿修羅の本性と法力

仏の本性や法力は、その像の手や指の形、持ち物などで全てを表現して作られています。
阿修羅像も例外ではありません。

阿修羅 フィギュア

阿修羅の手を上から順に見ると、両手のひらを上に向けています。

興福寺の阿修羅像は明治の廃仏毀釈などもあって、現在の像は持物を全部失っていますが、元々は何かを乗せていたんですね。
何を持っていたのかは不明なのですが、鎌倉時代に描かれた興福寺曼荼羅によると、一番上に掲げているの第二手は左掌に日輪、右掌に月輪を捧げていたと考えられています。

これは、日と月なので昼夜、また、東から西に向かうということもあって、いつでもどこでもということ。

真ん中で広げている第三手は、弓矢を持っていたとされているので、弓矢で悪神から守っているということ。

そして合掌している第一手は、仏に帰依しているということ。

全部合わせると、

「いつでもどこでも守っているから、安心して仏に帰依しなさい」というメッセージを出していると考えられますね^^


阿修羅像は奈良の興福寺のものが有名ですが、興福寺のものが美少年顔であるのに対し、京都の三十三間堂には、悪神を追い払う時の忿怒の姿の像が見られます。
ストーリーをつなげて見ておきたいですね^^

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