日本に戒律を伝えた鑑真の精神が生きる 唐招提寺

唐招提寺 南大門

唐招提寺は、天平宝字3年(759)、日本に戒律を伝えるために唐から来日した鑑真和上(がんじんわじょう)が、戒律を学ぶ人たちのための修行の道場として建てたお寺です。
南都六宗の一つである律宗の総本山となっています。

「戒律」というのは、仏教の規範のことです。

生あるものを殺めてはいけない、物を盗んではいけない、私利私欲の生活をしてはいけない、といった教えを説いています。

「鑑真」は教科書にも出てくるほど有名なお坊さんですが、戒律を僧や一般の人たちに授けることができる「戒律師」でした。

当時は航海技術が未発達で、多くの船が難破してしまうという、航海するには極めて難しい時代。
そんな中、何度も航海に失敗して大変な思いをしながら来日し、日本仏教の基礎を作り上げました。

6月6日は鑑真大和上のご命日なのですが、その前後を含む6月5日~7日の3日間は、通常非公開の国宝 鑑真和上坐像が御開帳されます。
今回私はそれ合わせて参拝してきました♪

鑑真を日本に呼ぶ必要があった時代背景

唐招提寺をよりよく参拝するために、鑑真が日本に来ることになった背景についてちょっとだけ説明します。

鑑真が来日したのは奈良時代。
その時代は贅沢な貴族政治が行われていて、唐の文化の影響を受けた彫刻、建築、絵画など華やかな天平文化が栄えました。

その一方で、庶民の生活は苦しい状態でした。
日照りや地震などの災害で悩まされたり、天然痘が流行したり、税金は重く、平城京建設などの労働にも従事しなければならなかったのです。

しかし、僧侶になると扱いが違います。
当時の朝廷は唐の仏教文化の影響を強く受けていて、寺院や僧侶を手厚く保護していたので、僧侶は重い税金や労役を免除されたのです。

なので庶民のなかから、生活苦から逃れるために僧侶になろうとするものが多く出てきました。

しかし、そもそも僧侶は人のために尽くすのが本来の姿。
庶民から出家する者の中には人の役に立ちたいと本気で思って出家する者が少なかったのです。

当時の日本の仏教界には、正式に戒律を授けることのできる制度がありませんでした。
なので、勝手に僧侶を名乗ることができ、修行も学問もおろそかにする形だけの僧侶が増えてしまったのです。

さらに、既に高い地位にいる僧の間でも問題がありました。
貴族政治の中で私利私欲に溺れ、権力争いをしていたので、仏教界はますます乱れていきました。

そんな堕落した日本の仏教界を嘆いた舎人親王は、乱れを正すために、唐から「戒律」を授けることのできる僧を呼ぶことにしました。

このような経緯で、遣唐使を通じて招待されたのが鑑真和上です。

年に3日間だけの特別公開!御影堂に安置される国宝 鑑真和上坐像

唐招提寺 御影堂 特別公開

唐招提寺の御影堂には、国宝の鑑真和上坐像が安置されています。
普段は非公開で入ることもできないのですが、特別公開の日は行列ができていました。

唐招提寺 御影堂

ここから先は、通常の拝観料とは別に特別拝観料500円が必要です。
特別拝観料を支払うと、参拝記念の品を頂きました。
中には特別開扉の説明と、ポストカードが入っていました。

唐招提寺 御影堂参拝記念

ポストカードは、鑑真和上坐像と、日本画家 東山魁夷画伯による障壁画です。
そしてこちらが鑑真和上のポストカード。

唐招提寺 鑑真和上坐像

こんなお姿をされています。
実際には表情まで見えはしますがちょっと離れていますし、細かい部分までは見えにくいのですが、このように本物のような写実的なお姿をされています。

この坐像は日本最古の肖像彫刻で、しかも、和上が亡くなる直前に制作されたと伝えられています。

唐招提寺創建から四年後、弟子の忍基は行動の棟梁が砕けるのを夢で見て、和上の死期が迫っていることをさとりました。
そこで寝食を共にする弟子たちと相談して、その容姿だけでなく精神性をも映す御影の制作を企てます。

それでできたのがこの鑑真和上坐像なのだそうです。

この像は、和上を実際に知る身近のものたちが造った、言わば鑑真和上の生き写しと考えてもよいもの。

和上は結跏趺坐をして西を望みながら亡くなったそうですから、その時の和上のお姿がリアルに想像できますね。

そしてお顔をじっと見てみると、目を静かに閉じられ、なんとも慈愛に満ちた穏やかな表情をしています。

鑑真和上が渡航を決心し、日本に到着するまでの苦難が、「唐大和上東征伝」に記録されています。
内容と時代背景をかいつまんで説明すると、こんな感じです。

遣唐使として唐に留学し、伝戒師を探す役目に選ばれたのは、普照(ふしょう)栄叡(ようえい)の二人の僧。

二人は唐に渡って数年間、日本に来て下さる伝戒師を探し周ったのですが、なかなか見つかりません。
そんな中、鑑真の噂を耳にし、鑑真のもとにたどり着きます。

鑑真は洛陽・長安で右に出るものはいないと名高い高僧で、優秀なお弟子さんもたくさんいたので、日本に来て下さる弟子の紹介を懇請しました。
鑑真が弟子たちに

「誰か日本へ行く者はないか」

とたずねましたが、誰一人名乗り出るものはありません。
ついに鑑真は

「それなら私が行こう」

と、日本の願いに応えるために唐に於ける高僧という立場を捨て、自ら渡航する決心をするのです。

当時の唐からの出国は国法で禁じられていたので、出国するのは不法となります。
しかも、生きてたどり着ける保証がない命がけの渡航です。
ただでさえ命がけなのに、和上は50歳を超える高齢。
もちろん弟子たちも必死で止めにかかります。

そのような状況もあって、渡航は思うようにいきませんでした。

渡航を阻止したい弟子の密告や、なんとか海に出ても難破したり、海南島まで流されることもありました。
ついには失明までしてしまうのです。

このように五度も航海に失敗したのですが、日本からきた遣唐使の船に便乗することで、六度目の航海で日本にたどり着くことができました。

このようにして和上は日本に命がけで来てくれたわけですが、志を立ててから日本に来るまでに10年くらいかかっています。
そのような苦難を経験しながらもあきらめずに、不屈の精神で来て下さったことを考えると、大変ありがたいですね^^

和上の遺徳を偲ぶ方は今でもたくさんいて、坐像の前にはずらっとご焼香の列ができていました。

周囲を池に囲まれた鑑真和上廟

鑑真和上廟

御影堂から東側には築地塀が続く道があって、鑑真和上の眠る廟があります。
下の写真は、御廟の入り口です。

鑑真和上廟

背の高い木々に囲まれた参道がまっすぐ続いていて、池に囲まれた墳丘が御廟になっています。

途中にある綺麗な苔庭。

鑑真和上廟 苔庭

まっすぐ進むと御廟があります。

鑑真和上廟

そしてこちらが御廟。
墳丘の真ん中に宝筐院塔が立っています。

鑑真和上廟

御廟は周囲を周ることができます。
周ってみるといくつか石碑があるのですが、その中に「天平の(いらか)」と刻まれた石碑が。
(ちょっと見えにくいです^^;)

天平の甍

「天平の甍」は、伝戒師を日本に連れてくるために唐に渡った留学僧と和上の生涯に焦点を当てた、井上靖の歴史小説です。

これを読んで唐招提寺に行きたくなったという方も多いでしょうね^^

お参りを済ませて戻ろうとすると、唐招提寺のお坊さんたちが20人くらいでやってきました。

唐招提寺 御廟

なんでも、これから法要が始まるとのこと。
お坊さんたちがゆっくりと読経を始めました。

唐招提寺 御廟

そして御廟の周りを読経しながらぐるぐると周り始めました。

唐招提寺 御廟

その間にお寺のスタッフの方が、周りにいた参拝客に線香を配ってくれ、改めて御廟の前で線香をあげることができました^^

三体の大きな仏像を安置する金堂

唐招提寺の金堂(国宝)は、天平時代の金堂建築の唯一の遺構といわれています。
入り口の南大門をくぐると、まっすぐ伸びた大きな参道の先にドーンと建っています。

唐招提寺 金堂

屋根にある鴟尾(しび)は有名ですね^^

唐招提寺 鴟尾

近くまで行くと、中を覗いている人がたくさんいます。

唐招提寺 金堂

行列ができるほどではないのですが、次から次へと参拝者が絶えることはありません。
写真のように、立って見えるほど余裕があるのですが、中には大きな建物にふさわしく、像高3メートル以上の大きな仏像が三体いらっしゃいます。

撮影禁止なので写真はありませんが、JR東海のCM動画がYouTubeにありましたので、そちらをご覧ください。

  • 盧舎那仏坐像(中央):幾千もの仏を従える、仏の中の仏。
  • 千寿観音立像(左):千本の手で迷える人々を救う菩薩。
  • 薬師如来立像(右):人々を病から守る仏。

いずれも国宝です。
千手観音に至っては5メートルを超します。
もはや建物の外からは全身を見ることはできません^^;

御本尊の盧舎那仏坐像は、奈良の大仏と同じ仏様で、脱活乾漆造になっています。

脱活乾漆造は、ぜいたくな貴族政治が行われていた天平時代に流行った技法で、高価な漆を大量に用いる上に制作にも手間がかかることから、平安時代には廃れていきました。

それなのにこの大きさです。
どれだけ贅沢なのでしょうか?^^;

そして、千手観音と薬師如来は、脱活乾漆造よりも漆の使用量が少なくて済み、経費削減できる木心乾漆造になっています。

そしてこの三尊の下にも四天王や梵天・帝釈天もいらっしゃって、いずれも国宝なのですが、どうしても大きな三体の仏像を見上げてしまいます^^;

しかもこの配置でこの三尊を並べるのは珍しいですよね。
いずれも御本尊としてセンターを務めても良い仏像ばかり。
ボスが3人もいる感じで、四天王たちはやりにくいのではないでしょうか?^^;

実はこれ、唐招提寺にしか見られない形式で、なぜこの形式にしたのかは不明なのだとか。
諸説ありますが、いずれも確証はありません。

正直、構成としてはアンマッチに思えますが、なにかすごい!
そんな風にも感じます^^

ゆったりとした境内に国宝・重文の伽藍がずらり!

鑑真はご存命中、唐招提寺の伽藍はあまりなかったのですが、鑑真入寂後は、弟子の「義静」「如宝」が伽藍の整備に尽力をつくします。
そしてその伽藍は、国宝、重要文化財の指定を受けているものばかり。

唐招提寺の堂宇は、その時代の唐の最新の文化が取り入れられているのですが、独特の風格で美しいんです^^

伽藍配置は、塔はないものの、入り口の南大門から金堂、講堂、食堂(食堂跡)と南北に一直線に並んでいるのは奈良時代の一般的な配置になっています。

境内を歩いて伽藍を見ていると、その時代の人たちの息づかいが聞こえてくる気がします。

まずは先ほども紹介した金堂。

唐招提寺 金堂

金堂の裏にある講堂(国宝)は、平城宮の東朝集殿を移築・改造した、平城宮の唯一の遺構です。

唐招提寺 講堂

金堂と講堂の間の東側には、鼓堂(国宝)があります。

唐招提寺 鼓堂

ここには、鑑真和上が唐から持ってきた仏舎利を奉安しています。
そして毎年5月19日は、中興の僧「覚盛」を偲ぶ「中興忌梵網会」があるのですが、その時に鼓堂で「うちわまき」が行われます。
ハート形のうちわで、病魔退散や魔除けのご利益があるそうです。

奈良時代の典型的な校倉造の経蔵(国宝)。

経蔵

北側にも同じ校倉造で一回り大きい宝蔵(国宝)が並んで建っています。

「鑑真和上御身代わり像」が安置されている開山堂。

開山堂

国宝の鑑真和上坐像は、ご命日の6月6日をはさむ前後3日間しか公開されませんが、こちらはいつでも参拝できます。

平成25年に作られた新しい仏像ですが、奈良時代の脱活乾漆の技法を忠実に踏襲しているとのこと。

「忠実に踏襲」というのがすごいところで、「脱活乾漆」といえば先ほど紹介したように、ものすごい予算をかけて手間もかかる技法です。
材料や顔料は当時のままのもので、技法も忠実にやっているということなんですね。
彩色は、顕微鏡で顔料の粒子を調査し、その結果に基づいて奈良時代当時の様子をそのまま再現しているそうです。

その制作期間は約10年、予算は3,000万円ほどかかっているそうです。

単なるレプリカなら、現在の技術をもってすれば簡単にできるのかもしれませんが、この像は単に形を真似たものではないですね。

本物の鑑真和上坐像には歴史の重みを感じますが、身代わり像はできたてほやほやの脱活乾漆造り。
天平時代にタイムスリップした感じがしました^^

鑑真和上御廟の南側にある新宝蔵。
昭和45年に建てられた鉄筋コンクリートの展示施設です。

唐招提寺 新宝蔵

私が訪れた時は外側が工事中だったのですが、中は拝観することができました。
別料金で200円、春と秋に公開されます。

中はそんなに広くありませんが、仏像が11体、仏頭が4体、唐招提寺の勅額、かつて金堂の屋根に上げられていた鴟尾などが展示されていました。
仏像は欠損しているものが多いのですが、それだけ歴史を感じます。
大きな仏頭もあり、こんな仏像が祀られていたということを想像すると、今とは違う唐招提寺が思い浮かびました^^

そして「唐招提寺のトルソー」と呼ばれている如来形立像などは必見です!
頭部や両手・両足先がないことがかえって美しい曲線美を出しています。

多くの芸術家・愛好家を魅了してきたそうですが、それだけ想像を掻き立てられるのもわかる気がします^^

そしてもう一つ注目したいのは、金堂に上げられていた2体の「鴟尾」です。
1体は天平時代に作られたもので、もう1体は鎌倉時代に作られたもの。

天平時代からのものは、唐のお寺で使われていた鴟尾に習って作られたのだそうで、鎌倉時代のものはそれを踏襲しています。
平成大修理でその役目を終えたのですが、鑑真和上に同行した技術者が制作を指揮したと考えられていて、それ以来天平時代からずっと使われ続けていたわけです。

屋根の上を見ると遠いのですが、新宝蔵ではものすごく近くで見ることができて、結構大きいことがわかります。
その時代の人が見ていたであろうものを見ている、という感じもたまらないですね♪

境内の北側から西側にかけては、緑豊かな参道が広がっています。
散歩が気持ち良いです^^

参道

参道

境内の西の端には、受戒を行う時に使われた戒壇があります。

唐招提寺 戒壇

唐招提寺 戒壇

最初は、「これが日本初の戒壇か!」と興奮したのですが、よく考えたら、鑑真が初めて戒を授けたのは、東大寺の大仏殿前なんですよね^^;

でも、この戒壇は創建時に築かれたとされています。
東大寺戒壇院と同じように建物があったそうですが、火災で失われたのだそうです。
現在は戒壇のみの遺構となっています。

御朱印

唐招提寺には、

  • 盧遮那仏
  • 鑑真和上

の御朱印があります。

唐招提寺の金堂の御本尊、盧遮那仏の御朱印です。

唐招提寺 御朱印 盧遮那仏

そして鑑真和上の御朱印です。

唐招提寺 御朱印 鑑真和上

鑑真和上の御朱印は、貼り付けタイプのものでした。

唐招提寺にはオリジナルの御朱印帳があります。
千手観音の光背が表紙になったもので、唐招提寺の公式サイト、おみやげのところでも紹介されています。
値段は1,200円です。


唐招提寺は、鑑真和上の人となりを知って訪れると、かなりありがたさを感じるお寺ですね^^
特に鑑真和上御廟は緑にも囲まれ、癒しの空間になっています。
ゆったりとした境内も気持ち良いですよ♪

唐招提寺のアクセス情報

正式名称 唐招提寺
TEL 0742-33-7900
住所 奈良市五条町13-46
開門時間 8:30~17:00(受付は16:30まで)
電車・バス 近鉄橿原線「西ノ京」駅下車徒歩7分。
駐車場
  • 乗用車:500円(150台)
  • 二輪車:100円
拝観料 大人:600円
中・高校生:400円
小学生:200円
特別公開・注目の祭・イベント等 5月19日:中興忌梵網会(うちわまき)
6月5日~7日:開山忌舎利会(御影堂:国宝・鑑真和上坐像 特別公開)
8月23日~24日:地蔵盆(地蔵堂:弘法大師作 地蔵菩薩立像 特別公開)
中秋名月の日:観月讃仏会
10月21日~23日:釈迦念仏会(礼堂:国宝・金亀舎利塔、釈迦如来立像特別公開)
公式サイト http://www.toshodaiji.jp/

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