魔王、天狗、牛若丸。多くの伝説が残る京都屈指のパワースポット 鞍馬寺

鞍馬寺

京都屈指のパワースポットといわれている鞍馬寺に行ってきました^^

平安京の真北にある鞍馬の地は、邪気が寄ってくる方角とされています。
そこにある鞍馬山は、結界のように邪気の侵入を防ぎとめる霊山とされてきました。

山の精霊「天狗」も出没することから、昔の人には畏怖すべき場所だったたんですね。

そんな鞍馬山で源義経こと「牛若丸」は、武術の修行をしていたといわれています。
その他にも、650万年前に魔王が降り立った山、毘沙門天が平安京を見守る山など、鞍馬には色々な側面があります。

京都市内の出町柳駅から叡山電鉄で30分ほどで着くのですが、トンネルを抜けて鞍馬の地に近づくと、気温が下がって空気も違う場所でした。

鞍馬寺へのアクセス

鞍馬への行き方ですが、京都駅から直接行ける電車やバスはありません。

公共交通機関で行く場合は、京阪電車の「出町柳駅」か、地下鉄烏丸線「国際会館駅」で乗り換えが必要です。
詳しい乗り換え方法は、鞍馬寺 公式サイトのアクセス案内をご覧ください。

ここでは乗り換えの際の注意点や、どの行き方が良いか?といったことに触れておきます。

出町柳経由での行き方

出町柳からは、終点の鞍馬まで叡山電車が走っています。
鞍馬までは大体15分間隔で走っている感じです。

路線案内・時刻表はこちら⇒叡山電車 公式サイト

大阪方面から来られる方は、淀屋橋や京橋などを通っている京阪電車に乗れば1本で出町柳までこれますので、こちらが便利ですね。

JR京都駅から出町柳に行く場合は、電車だとJR東福寺駅で乗り換えが必要です。
乗り換えが面倒なら、京都駅から出町柳までのバスも出ていますので、バスの利用を考えてもよいかもしれません。

国際会館経由での行き方

JR京都駅から国際会館駅までは、地下鉄1本で行けます。
国際会館からは、京都バスの3番乗りばから52系統・鞍馬温泉行きに乗れば25分で鞍馬に到着します。

ただし、バスは1時間に2本しかないんですよね~^^;
時刻表はこちらをご覧ください⇒京都バス 国際会館駅前 時刻表

また、国際会館から歩いて13分ほどのところに叡山電車の「八幡前駅」もあります。
ここからだと鞍馬まで20分です。

自動車で行く場合

鞍馬寺には参拝者用の駐車場はありません。
周辺の民間駐車場を利用することになります。

民間駐車場は道沿いにいくつかあるのですが、どれも小さなところばかり。
すぐに埋まってしまう可能性があります。

平日は空いていると思うのですが、私が到着したのは8月13日(土)の10時頃。
ギリギリ1台分空いていて停めることができました。

2017年時点での駐車場の相場は、500円といったところ。
貴船神社の方だと1,000円くらいするので、こちらは安い方ですね。

鞍馬駅に到着してからの道のり

鞍馬寺は、鞍馬山の中腹にあります。
鞍馬駅から、鞍馬寺の入り口となる仁王門までは近いのですが、仁王門から徒歩2分程のところにある「普明殿」がケーブルカーの駅になっていて、徒歩で上るのか、ケーブルカーに乗るかで道が分かれます。

詳しい地図はこちら⇒鞍馬山案内図

徒歩の場合、「九十九折りの参道」と呼ばれる参道を歩きます。
仁王門から本殿まで30分くらいの道のりです。

途中、「魔王の瀧」や由岐神社などを参拝することができます。

ケーブルカーだとそこをとばしちゃうんですよね^^;
くまなく参拝したい方は徒歩がおすすめです。

一方でケーブルカーに乗る場合、乗車時間は2分。
そこから10分ほど歩いて本殿に到着します。

料金は大人・片道200円、小学生以下・片道100円です。

「鞍馬」の名前の由来

鞍馬 名前の由来

ここからは鞍馬の話に入ります。

「鞍馬」という地名の由来には、諸説あります。

一説によると、この地は鬱蒼としていて昼間でも暗い場所だったので、「暗く」、「魔」が住んでいる場所ということで「暗魔」と呼ばれていたそうです。

その後、鞍馬寺の創建に関わった「藤原伊勢人」の夢の中に貴船の神が現れ、

「北の方に霊地がある」

という夢告を受け、藤原伊勢人は鞍を置いた白馬に導かれてこの地を探し当てることができたそうです。
そこから「暗魔」⇒「鞍馬」となった、という説があります。

また、別の説によると「クラ」はかつて谷や山中に露出した岩盤を意味していて、こういうところには神が出現する場所とみなされていました。
つまり神の(くら)です。

そして「マ」は場所や空間を意味します。

そこから「クラマ」は「神のいるところ」ということになります。

「鞍馬」の由来は他にも多くの説あって、何が本当なのかはわかりませんが、鞍馬は平安京の真北に位置することもあり、都人にとって特別な場所だったんですね。

仁王門から本殿金堂まで歩いて30分。九十九折りの参道

天狗

牛若丸こと源義経は、7歳ごろからここに預けられ、武術の修行をしたといわれています。
普通は寺に預けられると「信仰」の道を歩むことが多いと思いますが、義経の場合は武芸の道を歩んだんですね。

その時代は僧兵という、武力を持った僧の集団も力を持っていた時代。
鞍馬山も武の側面を持っていたわけです。

平治の乱で父・義朝が破れ、兄・頼朝は伊豆へ流されるのですが、母・常盤御前はそういう中で義経を鞍馬に預けました。
あえてこういう場所を選んだということは、いつの日か、源氏の再興を願ったのかもしれませんね^^

そして、義経と武芸の稽古をしたといわれているのが、山の精霊、天狗です。
鞍馬山ではところどころに義経や天狗にまつわる場所があって、その史跡巡りをするのも面白いです^^

駅から歩いて2~3分の所にある、鞍馬寺の入り口の仁王門。

鞍馬寺 仁王門

ここで愛山費300円を支払って中に入ります。

入ってすぐのところにある普明殿はケーブルカー乗り場になっているのですが、今回は九十九(つづら)折りの参道から歩いて本堂へ向かいます。

普明殿少し歩いたところに鬼一法眼社が見えてきます。

鬼一法眼社

鳥居の額束には「鬼一法眼」の名が。

鬼一法眼

「鬼」という名前が入っているのもありますが、「法眼」というのも何か特殊な能力がありそうな名前です。

鬼一法眼は京都一条戻橋の近くに住んでいたとされる陰陽師。
文武に優れる兵法家で、中国から伝来した兵法書「六韜三略(りくとうさんりゃく)」を秘蔵していたそうです。
それを牛若丸に授けたといいます。

「六韜三略」と言ってもピンと来ないかもしれませんが、「虎の巻」という言葉は誰もが知っていますよね^^
実は、六韜三略に由来します。

六韜三略の虎の巻は、兵法の極意が書かれている章だったのです。

武田信玄が鞍馬寺に「虎の巻」を見せてくれるよう求めたのは有名な話ですね^^
信玄は兵法の極意が知りたかったというわけです。

一般に、牛若丸に兵法を授けたのは天狗だとされていますが、実は陰陽師経由で鞍馬に持ち込まれ、牛若丸と天狗の伝説につながったのかもしれません。

奥にある赤い建物が鬼一法眼社の社殿。

鬼一法眼社

鬼一法眼社の横には「魔王の瀧」というものがあって、ちょっとした瀧の上に魔王が祀られています。

魔王の滝

鬼一法眼社の鳥居は、先に紹介した鳥居の写真を見るとわかるのですが、本殿のある方向ではなく、なぜか魔王の瀧の方に向いているんですよね。
理由はわかりません。

鬼一法眼社からすぐのところにある由岐神社。

由岐神社

京都三大奇祭の一つ、鞍馬の火祭を行う神社です。

創建は天慶三年(940年)。
ちょうどその頃は天慶の大地震(938年)や平将門の乱(935~940年)などが起こり、都の人々は不安にさらされていました。

その不安を鎮めるために、当時の天皇だった朱雀天皇は、元々御所にお祀りしていた由紀大明神を、邪気の入ってくる北方を守護するためにこの地に移されました。

その際、道々にはかがり火を焚き、鞍馬の人々は鴨川に生えていた葦で造った松明を持ち、神様を迎えました。
その行列は1キロにも及ぶ盛大な遷宮だったそうです。

の様子に感激した村人が、この儀式の様子と由岐大明神の霊験を後世に残し伝えるために始めたのが鞍馬の火祭の起源となっています。

ということは、鞍馬の火祭は、牛若丸が鞍馬に来るよりも前から行われていたことになりますね。
もしかしたら牛若丸も火祭を見ていたのかもしれません^^

由岐神社の拝殿ですが、こちらは清水寺のような斜面を利用した懸造(舞台造)という建築方法に加え、真ん中が通路になった「割拝殿」という形式。

由岐神社 拝殿

斜面ですので、真ん中の通路は階段になっているという珍しいスタイル。
上がったところから見ると、このようになっています。

由岐神社 拝殿

拝殿を抜けると、目の前には「大杉権現」という御神木が立っていました。

由岐神社 大杉権現

高々と伸びるこの大杉権現、樹齢は800年を超えるそうで、一心に願えば願い事が叶うのだとか。
それだけパワーがあるということですね。
いかにも天狗が出そうな雰囲気ですし^^

由岐神社には牛若丸や天狗にまつわる直接的な伝承はないのですが、「天狗みくじ」が販売されています。

由岐神社 天狗みくじ

こちらは由紀神社限定のおみくじなので、鞍馬寺の本殿には売っていません。
徒歩で上る人のみが買えるおみくじですね^^

値段は500円で、天狗のキーホルダーにおみくじが入っています。
天狗の顔はそれぞれ微妙に違いますので、よく見てお気に入りのものを探します。

私はこの二つで迷って、左の方にしました^^

由岐神社 天狗みくじ

結果は小吉。
内容を見るとまあ良さそうな内容だったので良しです^^

ここから先は、牛若丸も毎日のように歩いていたであろう、九十九折りの参道。

九十九折りの参道

清少納言が枕草子の中で「近くて遠いもの」として挙げた中にこの「九十九折りの参道」が入っています。
頂上が近くに見えているのに、道がくねくねしているのでなかなか辿り着かない。
それが九十九折りの参道です。

とはいっても、今は道が整えられていますし、そんなにきつい道とは感じませんでした。
私は特別に体を鍛えているわけでもありませんので、普通の体力をお持ちの方ならいけると思います。

靴はスニーカーくらいの歩きやすい靴で大丈夫です。

それでも心配な方、そんなに歩きたくない方は、ケーブルカーに乗れば、九十九折りの参道をとばして参拝することができます。
10分ほどは歩きますが、割と平坦な道になっています。

そして本殿金堂に到着。

鞍馬寺 本殿

あとで紹介しますが、本殿前はパワースポットとして有名な場所です。
しっかりパワーをもらいましょう^^

実はこの本殿には地下があります。
「宝殿」と呼ばれています。

鞍馬寺 本殿 地下

誰でも行けるのですが、御覧の通り真っ暗で不気味な雰囲気ですので、行く人は少ないみたいですね。

最初は、真言宗寺院などで見られる、真っ暗の中を歩く「戒壇巡り」かと思っていたのですが、違いました。

宝殿の一番奥には、鞍馬寺で信仰されている三尊 尊天がいらっしゃって、壁には骨壺のようなものがずらっと並べられていました。

でもそれは、骨壺ではありません。
「清浄髪」といって、信者達が、洗い清めた自分の髪を壺に入れて捧げたものなのだそうで、「清浄髪祈願」と言うそうです。

宝殿は、鞍馬山の教えをわかりやすく形に現わしているそうで、清浄髪もその一部になっています。

鞍馬山の教えというのは、

人を含めてこの世の存在するあらゆるものは全て、宇宙エネルギー・宇宙生命の現れであって、私たちは宇宙生命によって生かされている。

ということが前提にあります。
ちょっと難しいですね^^;

ここで「宇宙生命」を鞍馬寺の本尊である「尊天」に置き換えると、わかりやすいかもしれません^^

つまり、私たちは生かされていることに感謝して、全ての生命を大切にし、自分達の生命を宇宙生命の高さにまで進化向上させるために力強く生きていこう!というのが鞍馬の教えなんです。

一風変わった鞍馬寺の本尊 尊天

鞍馬寺 尊天
写真:「古寺巡礼 京都 14 鞍馬寺」より

上の写真は、本殿金堂に安置されているご本尊それぞれの前に置かれている御前立。
普段はこちらがご本尊代わりとなっています。

実は鞍馬寺のご本尊は60年に1度、丙寅の年のみ開扉される秘仏。
一生に一度の機会を見逃したらもう見れません^^;
次の丙寅の年は2046年ですので、次の御開帳まで生きているかどうか、元気に拝みに行くことができるかどうかわかりませんね(≧▽≦)

ご本尊は「護法魔王尊」、「毘沙門天」、「千手観音菩薩」が三身一体となったもので、「尊天」と呼ばれています。

境内で配布されていたリーフレットによると、

「尊天とは、この世に存在するすべてを生み出す宇宙生命、宇宙エネルギーで、その働きは慈愛と光明と活力となって現れる」

と書かれていて、下のように役割が分かれています。

  • 護法魔王尊:活力(大地の霊王)
  • 毘沙門天王:光明(太陽の精霊)
  • 千寿観世音菩薩:慈愛(月の精霊)

宇宙エネルギーの中でもパワーの強い、大地、太陽、月が信仰の対象というわけですね。
このようなエネルギー体を信仰しているからこそ、鞍馬寺には大きなエネルギーが流れて、パワースポットになっているのかもしれませんね^^

北方を守護する鞍馬独特の毘沙門天

「毘沙門天」は四天王の一人で、東西南北四つの方角のうち、北方を守護する武神です。
四天王の一人として祀られるときは「多聞天」と呼ばれるのですが、一人だけで祀られる時は「毘沙門天」と呼ばれます。

左手には仏舎利を納めた宝塔、右手には先が三つに分かれた三叉戟(さんさげき)という武器(または宝棒)を持つのが多いですね。
こんな感じです。

毘沙門天 フィギュア
仏像フィギュアのイスムより

鞍馬寺の三尊 尊天のうち、中心にいらっしゃるのは毘沙門天です。

なので、境内にも毘沙門天の眷属である「虎」がいらっしゃるんですね。

こちらは入り口の仁王門。

鞍馬寺 仁王門

こういう門前には獅子と狛犬が置かれていることがよくあるのですが、鞍馬寺では阿吽の「虎」が睨みを利かせています。

鞍馬寺 仁王門 虎 鞍馬寺 仁王門 虎

こちらは鞍馬寺の本殿金堂前。

鞍馬寺 本殿金堂

そこにも虎が。

鞍馬寺 本殿金堂 虎 鞍馬寺 本殿金堂 虎

毘沙門天の信仰が盛んであることが伺えますね^^

そんな中で、鞍馬寺の毘沙門天として有名なのは、国宝にも指定されているこちらの毘沙門天。

毘沙門天
写真:「NHK 国宝への旅3」より

平安時代に造られ、かつては本殿に安置されていたという毘沙門天です。

左手は宝塔を持たず、手を額の上にかざして遠くを望み見ているようなお姿です。
まるで平安京を見守っているかのようですね^^

鞍馬の本殿から毘沙門天はどのような景色を見ていたのでしょうか?
本殿から南を見る景色がこちら。

鞍馬寺 景色

平安京まで見渡せる、というわけではなく、山しか見えませんでした(≧▽≦)
毘沙門天でなければ、ここから平安京は見えません><

このような、遠くを望み見るような恰好をした毘沙門天は、他にどこにもありません。
鞍馬寺オリジナルですね。

この毘沙門天は、現在霊宝殿で見ることができるのですが、霊宝殿には他にも立派な毘沙門天が四体もあるのです。
そのうちの二体がこちら。

毘沙門天 鞍馬様
写真:「京都発見 三 洛北の夢」より

左は「兜跋毘沙門天」。
兜跋(とばつ)」というのはチベットのことです。

異民族に責められた際、密教僧の不空三蔵が「仁王経」という経典を唱えると、巨大な毘沙門天が出現し、敵を撃退したそうです。
兜跋毘沙門天はその時のお姿を表したものです。

残り三体の毘沙門天は、右のタイプのような右手に戟を持ち、左手を腰に当てたお姿をしています。
鞍馬様(くらまよう)」と呼ばれています。

三体とも作られた時代が違うので、当然ながら作者も違うのですが、いずれも本尊であってもおかしくないくらいの威容を誇る立派な仏像です。
本物を見る価値ありのイケメン(イケ仏)です^^

このように、鞍馬寺では色々な毘沙門天を見ることができるのですが、これはその時代その時代での信仰の流行によって、本尊の形が変わってきたことが挙げられます。

毘沙門天信仰の初期は奈良時代、四天王として始まりました。
仏法を守る役割で、その時は北方を守る多聞天となっています。

それから平安時代初期になると、中国(唐)で「兜跋毘沙門天」という形で、独尊の毘沙門天が大流行します。
日本は唐の文化を積極的に取り入れようとしていたので、この形の毘沙門天が造られるようになりました。

四天王というユニットの中で最強と謳われた多聞天が、「毘沙門天」という名でソロデビューを果たしたわけですね^^

この時代の仏教は国家鎮護が主な信仰でしたから、異民族を退けた兜跋毘沙門天はまさに適役だったのです。

同時代に造られたもので有名なものに、東寺の兜跋毘沙門天があります。
平安京の入り口、羅城門に安置されていたものだといわれています。

兜跋毘沙門天は、南と北に置かれたことを考えると、国家鎮護に絶大な力を発揮すると考えられていたのでしょう。

それから平安中期になると、末法思想の影響もあり、浄土教の崇拝が盛んになってきます。
信仰の流行が「国家鎮護」から「個人の極楽往生への願い」へと移り変わったのです。

そんな時代に登場したのが鞍馬様の毘沙門天です。
腰に手を当てる姿は、念仏者を護持する姿なんですね。

さらに時代が下ると今度は庶民の文化度が上がってきて、個人の欲求を満たしてくれる仏の信仰が盛んになります。
そうすると毘沙門天は福徳を授ける七福神の一人として信仰を集めるようになります。

ここから左手に多宝塔を掲げた毘沙門天が主流になっていくわけです。

このように、毘沙門天は時代の要望に応えて姿形を変えていて、鞍馬寺でも時代ごとの毘沙門天がいらっしゃいます。
さすが毘沙門天のお寺ですね^^

ところで秘仏となっているご本尊は、はたしてどういうお姿をしているのでしょう?
遠くを眺めるタイプなのか、兜跋タイプなのか、鞍馬様なのか・・・
その辺、気になりますね^^

650万年前に地球に降り立った護法魔王尊

護法魔王尊
写真:「京都発見 三 洛北の夢」より

三尊のご本尊の中でも珍しいのは、やはり護法魔王尊。
気になりますよね^^

この魔王尊は650万年前、人類救済の使命を帯びて金星から鞍馬山に降り立ったといわれています。
鞍馬山はそれ以来、護法魔王尊が波動を発する場所となったそうです。

魔王尊は16歳から年をとることがない永遠の命を持っているそうです。

といっても、本殿金堂に祀られている御前立像は、ひげを生やして鼻が高く、羽根が生えているという翁姿。
決して若々しいとは言えないのですが、魔王尊は姿形を自由自在に変えられるのだそうです。

それにしても、このお姿はまさに天狗そのもの。
実は魔王尊は、天狗の総帥なんです。

「天狗」というだけでも畏怖すべき存在なのに、その親分なわけですから、ものすごいパワーを持っているわけですね^^

金堂前には六芒星を表した石が並べられています。

鞍馬寺 パワースポット

この場所がパワースポットとして人気で、参拝客はみんなこの前に並んで、中心で両手を挙げてパワーをもらっていました^^

なんでもここは、大地のエネルギーと天のエネルギーが融合して、新しいエネルギーが生まれる場所なのだとか。

護法魔王尊の力が満ちているのはここだけではありません。
本殿金堂からさらに歩いて30分ほどの場所に、奥の院魔王殿があります。

本殿金堂までは毘沙門天信仰の形が前面に出ていましたが、ここから先は魔王尊の信仰、夜の信仰へと色が変わってきます。

今でも深夜になると魔王殿には行者が集まって、祈りを捧げたり、行を積んでいるのだそうです。
魔王尊は、昼は大地の底にいて、夜になると姿を現すのだとか。
だから夜は山に霊気が満ち溢れるのだそうです。

夜の山ですから真っ暗闇で山道を歩くことになると思うのですが、なかなか興味深い話です。
ちょっと怖いですけどね^^;

そして奥の院へ行く道には、義経にまつわる史跡も点在しています。

こちらは奥の院魔王殿へ続く道の入り口。

鞍馬寺 奥の院入り口

本殿金堂の裏手にある門をくぐるとこの道があるのですが、くぐると空気がガラッと変わって、霊気を感じるというか、ヒンヤリするんです!
魔王殿へ向かおうとするものにパワーを発しているような感じですね。

ここから魔王殿へ向かう道には、源義経の史跡が多く点在します。

まずは、入り口から2~3分歩いて、霊宝殿を過ぎたところにある「義経公息つぎの水」。

義経公息つぎの水

立札によると、義経公が毎夜、奥の院のある僧正が谷に剣術の修行に通ったとき、この清水を汲んで喉を潤したそうです。

義経は昼間は由紀神社近くにあった東光坊で学問を修めていたのですが、夜になると天狗の住処とされる僧正が谷に行き、剣術の修行をしていたといいます。

平家打倒の思いを心に秘めて、毎晩ここから湧き出る水を飲んでいたのでしょうか?

800年以上経った今も水は湧き出ていますが、今も飲めるかどうかはわかりません。

さらに進むと、「義経公背比べ石」があります。

義経公背比べ石

この地で修行をして十年余り、16歳になった牛若丸は、奥州平泉へ行くことになります。
その時にこの石で背丈を比べ、自分の成長を感慨深く胸に刻んだわけです。

石の大きさは120~130cmほど。
ここを訪れた当初はちょうどこれくらいの背丈だったのでしょうか?

背比べ石あたりで山のピークに達し、ここから「僧正ケ谷」に入っていきます。

その下り道の手前にあるのが「木の根道」という、木の根っこが地表を這う不思議な空間が広がります。

鞍馬 木の根道

場所によってはこんなにも根が浮いています。

鞍馬 木の根道

なぜこんなに浮いているのか?というと、このあたり一帯の砂岩が、マグマの貫入で硬化しており、表土が浅く、木の根が深く入れないのだそうです。
それでも生きている木の生命力はすごいですね^^

木の根の道をまっすぐ行くと、大杉権現社があります。

鞍馬 大杉権現社

鞍馬 大杉権現社

人の少ない場所ですが、ここは護法魔王尊のエネルギーが高い場所なのだそうです。
ここには、樹齢約1000年の護法魔王尊影向の杉が祀られていたのですが、裏に回って見てみると、木の中ほどから倒壊していました。
昭和25年の台風で倒れたみたいです。

この周りにはベンチがたくさん置かれていました。

鞍馬 大杉権現社

私が訪れたときは、ここで休んでいる人、サンドイッチを食べている人、寝ている人などがいましたが、この場所は大杉苑瞑想道場とも呼ばれていて、瞑想をしに来る人も多いようです。

倒壊した後もなお、パワーを発しているということでしょうね。

木の根道を過ぎると下り坂。
下ると不動堂に到着します。

鞍馬寺 不動堂

ここに祀られている不動明王が祀られているのですが、この仏像は、伝教大師 最澄が天台宗を開く前に、その志を遂げるために一刀三礼で刻んだといわれます。
つまり、仏像を彫る木にノミを一回入れる毎に三回礼拝する、というとてつもなく時間がかかりそうな彫り方です。

それほどまでに気持ちを込めた仏像、ということですが、残念ながら不動堂は開けていないので、その姿は見ることができません。

また、この場所は牛若丸が天狗と修行をし、兵法を授かった場所とされています。
あたりを見渡すと背の高い杉の木だらけなんですよね。

天狗といえば、杉の木を飛び移る様子を思い浮かべるのですが、まさにそのイメージにぴったりな場所でした。

不動堂のすぐそばには、義経が眠る義経堂があります。

鞍馬寺 義経堂

義経は奥州で非業の死を遂げたのですが、その魂は鞍馬に戻ってきているといいます。

僧正ケ谷をさらに下ると、ついに到着!奥の院魔王殿です。

鞍馬寺 奥の院魔王殿

写真に写っているのは拝殿。
中は祈りの為の席も設けられています。

拝殿の奥に本殿があります。

鞍馬寺 奥の院魔王殿

見てわかるように、奇岩がゴロゴロと転がっていて、魔王殿はそんな岩の上に建てられています。
魔王はここに降り立った、といわれているんですね。

しかし実は、魔王信仰について書かれた古文書は一切ないそうなのです。

こういう奇岩の上に建てられているのを見ると、古代の磐座信仰につながるものがあるのかもしれません。

「魔王」という言葉の響きは物々しいですが、実際に来てみると怖い場所ではありませんでした^^
私には霊感がないので、霊感のある人がどう感じるかはわからないですけどね(≧▽≦)

そもそも魔王は、地球を守るために降りてきたのですから、良い精霊に違いありません。

千手観音はなぜ祀られるようになった?

毘沙門天や魔王尊と比べると、伝説の類がないのでちょっと地味ですが、尊天三尊のうちの最後の一尊、千手観音にも触れておきます。

鞍馬寺に千手観音を祀ったのは、平安京造営に当たって造寺長官を務めていた藤原伊勢人(いせんど)です。

祀った経緯は、鞍馬寺の歴史を紐解くことが必要です。

まず、鞍馬に最初に毘沙門天を祀ったのは、奈良・唐招提寺の鑑真和上の高弟・鑑禎(がんちょう)上人。
鞍馬寺の縁起によると、白馬の導きで鞍馬寺を登っていたところ、鬼女に襲われ、毘沙門天に助けられたのだそうです。

そこで毘沙門天を祀る草庵を結んだのが奈良時代末期の宝亀元年(770)のこと。
この頃はまだ庵程度のもので、まだ「お寺」と呼べるほどの規模ではありませんでした。

その四半世紀後の延暦15年(796)、寺らしい規模に整えたのが、藤原伊勢人。

藤原伊勢人は、実は観音を祀る、一族の氏寺を建てたいと願っていたんです。
しかし当時は簡単に寺を作れる時代ではありません。

桓武天皇は奈良仏教のしがらみから離れたくて平安京に移ったわけで、平安京内に国家鎮護の寺以外の私寺の造営することを禁止していましたからね。

そこでやむなく伊勢人は、平安京の真北に位置する重要な場所である鞍馬に、国家鎮護の毘沙門天を祀るお寺を整え、後に千手観音をあわせて祀りました。

乱暴な言い方をすると、どさくさに紛れて千手観音を祀った、という感じでしょうか^^;

だから現在のような三尊形式になっているわけですね^^

御朱印

鞍馬寺の御朱印です。

鞍馬寺 御朱印

鞍馬寺の鎮守社、由岐神社の御朱印です。

鞍馬 由岐神社


魔王殿から貴船神社の方に抜けることができるのですが、そこまで20~30分程度。
下り坂ですし、王殿から来て、そのまま貴船に行く人もたくさんいました。

私は車を鞍馬の方に停めていたので戻りましたが、電車で鞍馬に来たならそのまま貴船に行くのもよいかもしれませんね。

総本山 鞍馬寺のアクセス情報

正式名称 総本山 鞍馬寺
TEL 075-741-2003
住所 京都府京都市左京区鞍馬本町1074
開門時間 霊宝殿休館日:月曜(祝日の時は翌日)
冬期休館日:12月12日~2月末日
開館時間:9:00~16:00
駐車場 なし(近隣の民間駐車場を利用)
拝観料 愛山費300円
特別公開・注目の祭・イベント等 5月の満月の夜:五月満月祭
6月20日:竹伐り会式
9月15日:義経祭
10月22日:鞍馬の火祭
公式サイト http://www.kuramadera.or.jp/

周辺のホットペッパー・クーポンが使えるお店

くら満荘

  • 営業時間:月~日、祝日、祝前日: 11:00~20:00 (料理L.O. 19:30 ドリンクL.O. 19:30)
  • 定休日:不定休
  • 京阪電鉄「出町柳駅」乗り継ぎ、叡山電鉄「鞍馬駅」下車徒歩1分です。

鞍馬駅から徒歩1分 素材にこだわった京料理

くら満荘のクーポン(PC)

くら満荘のクーポン(スマホ)

雍州路

  • 営業時間:月、水~日、祝日、祝前日: 10:00~18:00 (料理L.O. 17:30)
  • 定休日:
  • 叡山電鉄鞍馬線鞍馬駅より徒歩2分です。

一人でも気軽に入れる 清らかな風が吹き抜ける

雍州路のクーポン(PC)

雍州路のクーポン(スマホ)

ホットペッパー Webサービス
【画像提供:ホットペッパー グルメ】

周辺の宿泊施設

じゃらん Web サービス

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