日本の怨霊

恨みを持って、死んでいったものが、死後に化けて出て相手に祟っていく怨霊。

怨霊は、もともと古代天皇家の皇位継承争いから生じています。
正式に皇位につくと日本を動かす表舞台に出て正史として語り継がれていきますが、裏では陰で泣いているものもいたんですね。

そういう意味で、怨霊になった人々は隠された歴史、陰の部分と言えます。
この本は、奈良時代に怨霊となった、井上内親王早良親王藤原広嗣にスポットを当てています。

「怨霊」というと、どうしても日本三大怨霊と言われている平将門、菅原道真、崇徳帝に話がいきがちですが、初期の怨霊とも言える井上内親王、早良親王、藤原広嗣辺りのことが詳細に書かれている本は少ないので、ありがたいですね^^

難しそうな本に見えますが、エッセイ風に書かれていて分かりやすく、またおどろおどろしくもないので、ついのめり込んで読んでしまう本です。

ウィキペディアなどで、登場人物の血縁関係や政治的な対立関係などをチェックしながら読むと、より一層理解を深められると思います。

皇位継承争いは怨霊を生む

奈良時代や平安時代は天皇が政治の中心にいました。

取り巻きの一族は、天皇の庇護を受けていれば政治に大きく関われますし、その間は一族の繁栄が見込まれます。
なので天皇にはごひいきにしてもらいたいわけです。

ただ、天皇が変われば、庇護される対象も変わる可能性がありますから、次の天皇となるお子様にも同時に目をかけていただく必要があります。
それには地道な努力が必要ですが、毎回天皇が変わるごとにそれでは大変ですよね^^;

一族の繁栄のために確実なのは、単に天皇にひいきにされるだけでなく、自分の一族が天皇の親戚になること。

そうすれば、一族から天皇が出ることになりますし、ごひいきにされやすい。
パチンコのフィーバーのような状態となって安泰なわけです^^

ただ厄介なのは、当時の皇室は一夫多妻制だったということ。

妻もたくさんいれば、子供もたくさんいます。
当時は若くても病気で亡くなることも珍しくないので、どのお子様が次の天皇になるのかは、タイミングも関係してきます。
他の一族出身の妻に先に子が産まれれば、気が気ではありません^^;

さらに争いをそそるのは、律令で母方の血筋のランクも決められていて、それも皇位継承順位に関係してくる場合があるということ。
上から順に、

  • 后・・・皇族出身者から一人。
  • 妃・・・皇族出身者から二人。
  • 夫人・・・三人。他民出身なら三位以上。
  • ひん・・・四人。他民出身なら五位以上。

というもの。
血筋だけなら皇族出身者が有利な継承順位となります。

とはいっても状況によっては天皇の弟がなったり、夫人の子がなったりする場合もあるので、必ずしも皇后の子が次期天皇とは限りませんが、血筋が良ければ継承争いになった時に有利なカードを持つことにはなります。

逆に、藤原氏のような皇族ではない場合だと、どう頑張っても"夫人"までしかなれませんので、普通なら皇后や妃に子が産まれないことを願うばかりですよね^^;

当然ながら、「あいつが邪魔だ・・・」みたいに思う人も出てきますので、たまたま自分が良いポジションにいるだけで、いわれのない罪を着せられる人も出てきます。
そういう人が身分をはく奪されたり、僻地に左遷や島流しにされたり、その地で亡くなったりして怨霊になっていくわけですね。

その典型的な例が、井上内親王です。
井上内親王にまつわるエピソードを紹介します。

井上内親王のエピソード

井上内親王は、奈良時代を代表する天皇、聖武天皇の第一皇女です。

聖武天皇の妻と言えば、藤原家出身の光明子が有名ですが、井上内親王の母親は別一族の県犬養広刀自がたのいぬかいのひろとじ

この後に光明子は第二皇女となる阿倍内親王を産むのですが、第一王女は第二皇女という立場にとって、目の上のたんこぶ。
どうにか遠ざけようと、伊勢神宮の神に仕える「斎王」として11歳の井上内親王を送り出します。

井上内親王はその間、外の世界と交流がなく20代まで過ごしたのですが、その間に都では長屋王の変や藤原広嗣の乱が起こったり、さらには弟は安積皇子が不審な死に方をし、妹の不破内親王は流罪になり、色々なことがあって肉親がいないような状態になっていたんですね。

30を過ぎてから伊勢から戻れるようになりましたが、当時としては年齢的に子供は難しい状態。
そんな時に、光明子から8歳年上の白壁王を勧められて結婚します。

白壁王は、天智天皇の孫で血筋は良いのですが、酒におぼれたりする生活で、皇位は望まない方。
なので光明子から見れば、さし障りのない男と結婚させても自分の立場が脅かされる心配はないと思ってのことかもしれません。

しかし、井上内親王は当時としては超高齢出産となる、38歳で長女を、そして45歳で長男・他戸親王を産みます。

さらには夫の白壁王は、たまたま良いタイミングで光仁天皇として即位するんです。

そうなると次の皇太子は長男・他戸親王となります。
そうやって幸せを掴んだ井上内親王ですが、そんな幸せは1年しか続きません。

なんと、天皇を呪詛した疑いをかけられてしまうのです。

それによって、井上内親王だけでなく、息子の他戸親王と共に身分を廃されて幽閉されます。
その1年半後、親子揃って同じ日に亡くなるのです。

このように非業の死をとげた井上内親王は、この後に皇太子になった山部親王(後の桓武天皇)に怨霊となってつきまといます。

井上内親王をこのように追い込んだのは藤原氏ですが、そちらに怨念を向けるのではなく、「皇太子」という身分に向けられたわけですね。

山部親王も精神的に弱る中、光仁天皇は諸国の国分寺で金剛般若経を読ませたり、井上内親王の墓を改葬したり、位を昇格させたりしたのですが、山部親王の病状は回復する気配もありません。

涙ぐましい怨霊封じの努力をする中、山部親王の伊勢神宮参拝によって、ウソのように消えてなくなります。
このように大変苦しめられたので、鎮魂として怨霊を祀るようになったのです。


天皇家は、このように井上内親王の怨霊に苦しめられながらも、次々と新しい怨霊を生み出していきます。

お世継ぎ争いや政争はいつの世になっても絶えませんし、七代下まで祟るという霊まで現れたりしますから、大変ですね^^;

この本は、井上内親王、早良親王、藤原広嗣のエピソードだけでなく、記録の断片から見える考察や、御霊八社の神々のことも少しだけ触れられています。

また、御陵などを訪ねて、なぜその場所で祀られているのかなどの考察もしています。
特に、井上内親王と早良親王は、平家物語では何かとこの二人が祟りの原因に挙げられるので、知っておくと色々繋がりができて面白いと思います。

文献からの情報をもとに筆者の推理も加えられていて、それもなかなか面白く、「なるほどそうかもしれないな~」と思わせる一冊です。

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大森 亮尚 平凡社 2007-09